2017年09月09日

秋の空体道講座

1504968833751.jpgこの秋にまた空体道講座をやらせてもらうことになりました。私の都合で日程が変更になったのですが、事務局の皆さんは真摯に丁寧に変更に対応してくださいました。ほんと、ちえりあの皆さんには頭が上がりませんm(。_。)m

感謝感謝。。

ご興味のある方は是非申し込んでくださいね(^o^)/
posted by ゆりか at 23:56| Comment(2) | 日記

足踏みのごとく

代表の映像を繰り返し見ていると、代表の足が動き続ける様に、今の自分の不足を感じた。

私の足は二本ある。その二本が立つことと、移動すること、蹴ったり払ったり踏んだり防御したりと刻一刻様々に変化する。

足が自由になるためには腰まわりが自由でないといけない。腰が固まったままどんなに足を動かしても、重心は動かず、全身の連動はかなわない。

腰まわりがある程度ゆるんだ上、足が動く。

先日書いたサウザーウォーキングのごとく、足の裏の一ミリの変化に全身が瞬時に同調する、均一であることは相当に難しい。それが決まった方向のみならまだしも、あらゆる方向を含むものならなおさら。

レッスン前の自主練習では、まずは小さな足踏みのような、小幅の歩みのような足が動き続ける感覚を、自由舞として行った。右足にのって〜、左足にのって〜、と大きな動きでやればやるほど、今の私はその乗っている瞬間が居着いている。その足を払われると、まだ体幹部も大きく動く段階ゆえに、態勢が持っていかれやすい。

足踏みのごとく、小幅で歩むがごとく、足は止まらない。その中に体幹部も手法も、クリーンヒットを避けるべく頭部も、自在に動く。

これまでにない感覚の練習となりました。

その後代表がそれと通ずる自由舞を見せてくれたが、その体現できる段階の違いをはっきり認識した。認識したからこそ、歩める。

行く先は果てしないが、そこへ至る道は確かに存在している。みんなで伸びよー(^o^)/くーたいどー!おー(^o^)/
posted by ゆりか at 23:53| Comment(0) | 日記

坂口安吾

1504923954051.jpg昔読んだ坂口安吾の本を読み返し、ハマっている。日本酒風呂(浴槽の湯に少量の日本酒を投入したもの)に入りながら読み始めたら止まらなくなり、浸かりすぎて軽く酔いました(笑)


以下『白痴』の中から引用


だが、気違いと常人とどこが違っているというのだ。違っていると言えば、気違いの方が常人よりも本質的に慎み深いぐらいのもので、中略

彼らは本質的にはるかに人目を怖れており、私生活の主要な部分は特別細心の注意を払って他人から絶縁しようと腐心している

彼らの私生活は概して物音がすくなく、他に対して無用なる饒舌に乏しく、思索的なものであった

引用終わり


感じたことがある人も少くないかもしれないが、私自身も、社会と馴染めないと感じたことがあった。私VS社会と決めつけているその社会自体が、「私」の延長でしかないと気づくのには少し時間がかかったもんだ。

坂口安吾流でいえば、私は常人でもあり、気違いでもある。でも武術をやって、心身で喜怒哀楽を感じて、命を味わっている。

自らの教員経験を基にしたらしい短編もとても面白い。「風と光と二十の私と」。
posted by ゆりか at 13:53| Comment(0) | 日記