2017年11月30日

きゃぴきゃぴ

練精会の組手稽古は、力を抜く体、固まらず変化し続ける動き、打撃、関節、崩しのスムーズな技の連結、自然発生的な重さの活用などを養うためにある。

打たれたり、投げられたり、関節をとられたりと、なんとなくゲーム的な意味で言う「勝ち負け」が表れるように見える瞬間があるため、しっかり理解できるまでは見た目の現象に一喜一憂したくなる。私自身もそうだったし、会員さんや後輩を指導するときもそれをよく感じる。

最近よく思うのは、この組手の稽古は「きゃぴきゃぴ」とやるのが一番伸びる。自分勝手な責任感とか、ちっぽけな自負に囚われやすい私自身が一番うまく動けるのは、きゃぴきゃぴしてる時。

きゃぴきゃぴを、とらわれなく、今この瞬間を心から楽しむことと定義してみる。

きゃぴきゃぴした組手。今この瞬間を、動きを、相手との時間を楽しめる組手。

自分がうまくいくときは、相手のいい動きも引き出せるとき。互いを高めあうにもきゃぴきゃぴがいい。

きゃぴきゃぴ(笑)
posted by ゆりか at 09:37| Comment(0) | 日記

2017年11月26日

動きと心

以前あるレッスン後のアンケートで、印象的な言葉を頂いたのを思い出す。

重い心が 明るくなった

と、鉛筆で書いてあった。そのレッスンには、精神的な病を抱える方が多く参加しており、この方もそうなのだろうと思う。

動きを通して、心が動くことがある。私にも実感がある。あるからこそ、この方の言葉がズゥーンと心に響いた。代表の足音なみにズゥーンと心の奥深くに。ありがたいな。
posted by ゆりか at 19:45| Comment(0) | 日記

2017年11月25日

講座のブログ記事

札幌市宮の沢駅直結の施設「ちえりあ」さんが主催のご近所先生講座を過去4回ほどやらせていただいています。その講師が集まる交流会にて、ミニ講座を依頼していただき、10月29日に実施しました。その記事がちあえりあさんのブログに出ているのでご紹介します。11月5日掲載の記事です。

代表の創始した武道、空体道の健康増進法としての側面と、日常生活に役立つ護身術の心と身体の状態を説明しお見せし、型と簡単なペア練習で体験していただきました。

http://blog.goo.ne.jp/chieria-gokinjo

代表が「憶病者でいい武術」のことをブログに書いてくれています。弱者にやさしい武道が私は好きです。自分自身が肉体的、精神的弱さを痛感してるからこそ、その中でも高め続けられる空体道に、深い喜びを見出しています。今現在もご近所講座で空体道を多くの方に学んでいただいています。これからも、様々な場面で空体道の魅力をお伝えしたいと思っています。
posted by ゆりか at 16:40| Comment(0) | 日記

2017年11月24日

振動している

家のなかでたまに、自由舞の限定版として、軽く拳を握って前方へ打つ動作を繰り返す。足も止めないよう動かす。完全自由舞とちがい、拳を打ち出す方向に合わせて前後限定で移動する。

力を抜いて動いていると段々腕が重く、全身が重く、足が重くなる。

形意拳を指導してもらっていた頃、代表が格技室でポン拳の見本を見せてくれるとき、激しく足を踏み鳴らしていないのに足を動かす度

ズゥーン

と畳の底が鳴る音が印象的だった。空体道完成後、代表の打ち方はさらに進化を遂げられているようで、またその地面への共鳴音のタイミングや音質が変わっている。

それをイメージしながら打っていると、自分の打撃はずいぶん固いのだなとわかる。あの音は、力の抜けまくった全身が重たいまとまりとして地面の表面を貫通して地面のかなり下へ振動している証拠。私の動きは畳の表面と戯れているのみ。

ズゥーン。。。

自然に鳴るようになるまでは、口で効果音をつけてみる(笑)

バイクに乗れない中学生男子がバイク音を口ずさみながら自転車で暴走していたのを思い出すな(笑)(^^;
posted by ゆりか at 09:40| Comment(0) | 日記

2017年11月22日

自然な動き

昔太極拳の型競技選手だった頃、大会ルールブックの採点基準にある「自然な動き」の意味についてよく考えていた。自然な動きとはなにか、考えた時点で自然ではない。

最近会員のみなさんや弟子仲間と練習をしていて、崩しでも打撃でも、ある程度以上の重さが有効に作用している時の動きの自然さに目を奪われる。

先生は元々そういう動きを体験させてくれ、見せてくれるから、それにつながる動きを人がしていると傍目でもわかることがある。

自然な動きは、淀みがなく突出がなく全身が動く。有効に重さによる技が作用する。

ということで、自然な動きは有効な動きの過程で表れるのであり、しようと思ってするものではないと、今は思う。また有効な動き自体も、自然な動きの結果有効になるのであり、有効性を作為的に求めて動くと、どこかに不自然さが生まれ、重さが十分働かないのも確か。

オモロイ
posted by ゆりか at 09:05| Comment(0) | 日記