2018年01月26日

繊細な動き

今晩の稽古でも、繊細な体の動き、繊細な組手を学びました。まだまだ体現は不十分なれど、頭と体で少しずつ理解が進んでいます。こうなると、これまでの自分の動きがいかに雑で荒かったかがよくわかります。また、相手の動きに反応できていない瞬間もよくわかる。組手という仮想の戦いの中で自分の受けたダメージがより想像できる。

それがわかればわかるほど危機察知能力、対応能力も上がる。これからがまた始まりです。いつも今からが始まりなんですけどね。

より繊細に、より優しく、接触も動きも意識もそう心掛けよう。



posted by ゆりか at 22:43| Comment(0) | 日記

2018年01月24日

食卓の足を

KIMG0011.JPG食卓の足を三色に塗ってみました(*´∀`)自己満足光るハート(笑)
posted by ゆりか at 20:48| Comment(0) | 日記

2018年01月23日

委ねる感じ

体の力を抜く際に、大切なのは「落ちる」感覚と「委ねる」感覚だと思う。いずれも自らの努力で実現するものではなく、力の抜けた結果として感じられるものだ。

それがいつでも感じられるようになったら、感覚は忘れていくことも大事。

重力に支えられ、重さに動かされ、相手に動きを引き出され、流れにのって動き続けるうち、なるようになる。こうしたい、こうしようではなく、そうなる。

そんな思想が動きと攻防とリンクしてくるのが面白い。

一月から武術にかかわる色々なことがあり、1日1日大切に過ごしているがまだ一月は終わらない。何とも濃密な1月だなぁ(*´∀`)♪
posted by ゆりか at 22:45| Comment(0) | 日記

確かさをなくす

どうしたらもっと相手とぶつからない動きができるのか、仕事場の駐車場で考えるともなく考えていた。ある歌の歌詞に「たしかな」とか「たしかに」と繰り返し出てきて、ふとひらめいた。

確かなものがあるほど相手とぶつかる。確かな安定、確かな重さ、確かな抵抗、確かな攻撃、確かな意図。そんな確かなものをなくしていく。

動きはより曖昧に、より普通に。忍ぶより変化する。安定するより流される。受け止めるより受け流す。特別を目指すより普通でいい。

ひ弱ならひ弱なまま、非力なら非力なまま、非戦闘的なら非戦闘的なまま、そのまま普通に動く。

自分の体格や経験や気質にまだどこかコンプレックスを持っていたと気づかされる。劣るものは補わなければと。でも補わなくていいのだ。弱いまま、非力なまま、そのままで追求できる、いや、それを認めなければ追求できない道がある。

なるほど、なんか理解するのを邪魔していたモヤが晴れてきた。

これを理解してなお体はぶつかるだろうな。思いの外、思いが体に与える影響はでかい。ゆっくり自分を楽にしていこう。ゆっくり確かなものを手放していこう。

あ、レッスンは忘れたらいけません!行って参ります!
posted by ゆりか at 19:32| Comment(0) | 日記

掌からか胸からか

ある整体師が本に書いていたのを思い出す。

自分の胸に掌を当てたとき、心身の緊張が強いほど「掌が胸に触れている」と感じ、リラックスしているほど「胸が掌に触れられている」と感じると。リラックスしているほど、体は内面で感じる力が強くなるとも書いていた。

今指導されている、繊細な組手感覚につながるなと思う。

力を抜き、より繊細に、相手に触れ、また触れられる。全身の内面でそれを感じるほど力が抜けていれば、今よりもっと相手の動きを感じ取れるし、感じたと認識する前に体が必要な動をしてくれるだろう。

午後のレッスンではそんなことを思いながら体を動かしました。きもちよかー(*´∀`)
posted by ゆりか at 15:50| Comment(0) | 日記