2018年06月26日

肉体さえあれば

成長するために必要なことは今の自分に何があって、何が無いのかを知ることだと思う。昔は「できない自分」に遭遇するたび「できない」現象に落胆し、そのつど代表からは「できないことを通じて、自分に足りないものを自覚する機会とするのだから、できなくていいのだ」と諭されました。

でも当時の自分は精神的にやさぐれていたため、「あたしなんてできないことばっかりだよ、たりないものだらけでどうしたらいいのさ」と稽古帰りの車中で一人つぶやいたものでした。※スミマセンふらふら

でもそれは正しい認識ではない。私には肉体があり、重力が存在する。じつはその二つだけで、うちの武道に必要な条件は満たされているのだ。身体があり、それが一部だろうがなんだろうが動く、その身体には重力が常に働いている。重さと変化の条件はそろっている。あとはその調和力をいかに高めていくか、なのですね。

だからうちの武道を高めるのに必要な条件は、肉体があること、ただそれだけ。重力は地球や月がなんとかしてくれるので、こちらで考えなくてもよい。年齢も体格も経験も関係ない。そこから伸びていくためには、重力と抗ってきた自分を捨てていくこと、思考でコントロールしようとする自分を減らしていくこと、本来ある全身の動きを引き出していくことなんだな。

対人練習の結果はその瞬間の単なる結果でしかない。互いの習得度合い、そのときの課題、偶然の条件、色々なものが重なってその瞬間に結果となる。が、それは常に通過点でしかない。結果を目指すと、視野が狭まり内容が変質する。

稽古は常に通過点。重力と肉体があれば伸び続けられる。伸びられない、恵まれていないと思うのは、脳みその身勝手な思い癖。

みんな100lの可能性にみちているのだぁ〜〜〜!今日も身体と重力と仲良くいこ〜〜〜!!お〜〜!!
posted by ゆりか at 10:14| Comment(0) | 日記

2018年06月25日

9月の空体道講座

秋の空体道講座のチラシが完成しました。9月は水曜の夜で、西区民センターでの講座となります。興味のある方はおいでませー♪ヾ(●´∀`●)ノ20180625_174245.jpg20180625_174303.jpg
posted by ゆりか at 17:50| Comment(0) | 日記

似る

代表の動きに一目惚れして以来、似ても似つかない貧弱な体が長年かけて変わってきた。私の競技選手時代は対人練習を全くしていなかったので、下半身ばかりが育ち、上半身とのアンバランスは見た目にも明らかだった。

うちの武術以外の運動は何一つしないようにしてきたので、今ある体はうちの武術の体。自然に増強したのは、見た目には特に肩まわり、これは脆弱な腕と、重さのかなりの割合を占める体幹部を連結させるために発達したもよう、また背中、これは重力が通る体を支えるべく、体の中でも大きな筋肉である背中の筋肉群が使用されるため、あとは肘や手首回りの筋肉、これも重さが通る過程による。また首まわり。これは立つ力の練習と繰り返しの受け身によると思われる。うちの会では、ある程度互いに抵抗をしながら重さを養成するため、屈強な相手と組むほど全身の筋肉も自然発達する。その他数え上げればきりがないほど、体は変わり続けている。

必要な筋肉がついたあとは、その精度を高めるのみ。精度の高まりと共に、逆にあまり使わなくていい部位も増えてくるだろうな。

立ち方が俺に似ている、と代表からの嬉しい一言。一時期は代表に近づきたすぎて、剃髪しヘアスタイルを真似しようとしたこともありましたが踏みとどまりました。でも積み重ねによって質、内面が近づき、それにより外側も似てくるのが筋ってもんですね。

今日も代表目指してやるどー!おー!!!

posted by ゆりか at 09:39| Comment(0) | 日記

2018年06月24日

変わる

ちょっとした意識づけの違いにより、出る重さが劇的に向上したり、変化が増したり、投げられにくくなることがある。ちょっとしたことで変わる自体、まだその要点が身に付いていない証拠でもあるけど、変わることが素晴らしい。

全ては常に変わり続けている。それを忘れるのは脳の思い込みによるものだけ。

変わる自分は結構楽しい。進化も退化もひっくるめて変わる自分を味わい続けよう。明日はどんな日になるかな️(* ´ ▽ ` *)
posted by ゆりか at 20:48| Comment(0) | 日記

より全身の力ぬく

イメージを用いて様々な方法で力の抜けた動きを練習する。肩が力む場合は肩から遠い丹田や軸や足のうらの意識をしてみたり、足腰が力む場合ユラユラするイメージをしてみたり、コップを口に運ぶ等日常動作をイメージしてみたり、接触点から動いてみたり。

でもそのどれもが力を抜くための方便であり、本質は力の抜けた頭から足の裏まで重さが通った全身であることが大切なのだ。

イメージにとらわれがちな自分を省みて、やはりさらにさらに力を抜かねばと思い直すのでありました。

やればやるほど、体はドンドン変わる。我ながら自分の体が面白くてたまりませんな。
posted by ゆりか at 12:26| Comment(0) | 日記