2018年06月15日

とらわれない心と体

本日は空体道講座の最終回。テーマは「脱力により、とらわれない心と体」です。

毎回のテーマは、企画の段階に代表からアイディアを頂き、つけています。

武術を学んでいると、自分の中の対抗心や敵対心に気づかされることがよくある。若い頃はそれがわからず、自分は平和的な人間と勘違いし、なにか人間関係にトラブルが出たときは、何故相手がそんなことをするのかと考えていました。

でも今思えば、トラブルの原因は私にもあり、無意識のわだかまりや執着や劣等感が身を守るために対抗心や敵対心として人に不快感を与えていた可能性があると理解できます。

身を守るには、相手からよりまずは自分が自分を大切にできること。その先にトラブルを避けることも含めて、実際に攻撃をされたさいの有効な対処技術があるのだと考えます。

危険から身を守る「絶対有効」な方法などなくて、状況は刻一刻と変化する。でもさまざまな可能性に対応できる柔軟な心身を養っていれば、対処の引き出しは増えるのです。

戦い方も学びつつ、戦わない選択もでき、願わくば危険から事前に身を遠ざけられる生活ができればと、理想論ですが思い描きます。

さてまずは太極拳レッスン!皆さん今日もよろしくです\(^o^)
posted by ゆりか at 09:40| Comment(0) | 日記

2018年06月14日

全体性

体全てで動くことは、頭で想像するより実際に検証すると難しい。相手に手を触れ、重さを伝えるとき、どうしても接触点に気が向いて無意識に体を傾けたり、肩を固めようとしたりする。

未熟ながら以前より理解できるのは、強い重さが伝わるときの体はより全部が動いており、その動きに全く無関係に見える部位も全てが調和して動いていなくてはならない。

ブレ、モレ、力みによる停滞、それらが減るほど重さがより伝わる。

重さの伝達に無関係に見えるものも、大事なのだということですね。

今朝はワンコの散歩中、強風で壁から離れてしまったらしい、ツル性植物の螺旋状の先端を見ていて、その先端付近に私が二十四時間じっとしていたら、巻き付く対象と認識してくれるだろうかと想像した。庭いじり好きの母によると、一晩でも支柱に巻き付くらしく、私がその支柱になってみたいと思ったのでした。

posted by ゆりか at 08:50| Comment(0) | 日記

2018年06月13日

伊藤光悦展

KIMG0054.JPGKIMG0055.JPGKIMG0056.JPGかれこれ10年近く前から、縁あって代表とわたしから太極拳を学んでくださる画家さんがいる。

過去に何度も展覧会を拝見してすっかりファンなのだが伊藤先生も私たちの太極拳から創作のインスピレーションを閃くことがあるとお聞きし、ありがたく嬉しいことです。

先生の個展が今日から千歳で始まります。

先生の絵には、私の勝手な妄想ですが、命と死、人工と自然、生命体と無機物、あの世とこの世、繁栄と衰退、その両方がとても優しく、美しく、静かに存在していると感じます。

静止画なのに動いて見える、また、最近先生もこの監督をお好きだと知りましたが、タルコフスキー監督映画の一場面を思わせる独特な雰囲気があり、大好きなのです。

千歳市民ギャラリーで本日から来週火曜まで。

ニャント入場無料、もったいなくありがたしm(__)m
posted by ゆりか at 09:00| Comment(0) | 日記

2018年06月12日

何人もの自分

今の武術を学びはじめの頃、思うように体が動かず、まるで自分が何人もいるようだと感じた。

腕の自分、足の自分、頭の自分、胸の自分、腰の自分等々、そのそれぞれが、意図と違う動きをしているような、相反しているようなやりづらさを自覚していた。


何年もかけてそれらが融合していき、まだ数人よく分裂するが前ほど混み入らなくなってきた。また、分裂はするがとりあえずみんなが同じ意図に向かっているのもわかる。

いつかそんな私たちが一人になり、またそれすらも消えていくんだろうな。

まだまだ片鱗も見えない境地だが、ロマンがある。

私たちみんなで消えてこー!おー!
posted by ゆりか at 19:28| Comment(0) | 日記

意固地なピーマン

新鮮なピーマンが安く大量に手に入ったので、色々と料理に使っている。新鮮なものはヘタやワタまでまるごと食べたいので、丸焼きにしてジンギスカンのタレと海苔を絡めてみようと焼き始めた。

仕事の合間の短時間なので、次の仕事の支度をしながらフライパンを見て焦げ目がついてはひっくりかえし、見てはひっくりかえしを繰り返す。わたしの予定では、四回ひっくりかえしたあたりからピーマンがしんなりしてくるはず。。が、つついてもはたいてもピーマンはもぎたての形状のまま。

しばらくそのまま火を通したがやむなく断念して、そのままタレと海苔に絡めて保存容器に沈めた。

明日まであのままなのだろうか。代表に、あのまま出して良いものだろうか。平野レミばりに、皿に生まれたてまるごとピーマン乗ってたら、代表傷つくだろうか。チンしたらシンナリするだろうか。それでも意固地なままだろうか。

夜のレッスンに向かいながら、パツンパツンの緑色が頭を度々よぎる。

ピーマンてあんなに意固地なもんだったかな
posted by ゆりか at 19:13| Comment(0) | 日記