2018年06月12日

何人もの自分

今の武術を学びはじめの頃、思うように体が動かず、まるで自分が何人もいるようだと感じた。

腕の自分、足の自分、頭の自分、胸の自分、腰の自分等々、そのそれぞれが、意図と違う動きをしているような、相反しているようなやりづらさを自覚していた。


何年もかけてそれらが融合していき、まだ数人よく分裂するが前ほど混み入らなくなってきた。また、分裂はするがとりあえずみんなが同じ意図に向かっているのもわかる。

いつかそんな私たちが一人になり、またそれすらも消えていくんだろうな。

まだまだ片鱗も見えない境地だが、ロマンがある。

私たちみんなで消えてこー!おー!
posted by ゆりか at 19:28| Comment(0) | 日記

意固地なピーマン

新鮮なピーマンが安く大量に手に入ったので、色々と料理に使っている。新鮮なものはヘタやワタまでまるごと食べたいので、丸焼きにしてジンギスカンのタレと海苔を絡めてみようと焼き始めた。

仕事の合間の短時間なので、次の仕事の支度をしながらフライパンを見て焦げ目がついてはひっくりかえし、見てはひっくりかえしを繰り返す。わたしの予定では、四回ひっくりかえしたあたりからピーマンがしんなりしてくるはず。。が、つついてもはたいてもピーマンはもぎたての形状のまま。

しばらくそのまま火を通したがやむなく断念して、そのままタレと海苔に絡めて保存容器に沈めた。

明日まであのままなのだろうか。代表に、あのまま出して良いものだろうか。平野レミばりに、皿に生まれたてまるごとピーマン乗ってたら、代表傷つくだろうか。チンしたらシンナリするだろうか。それでも意固地なままだろうか。

夜のレッスンに向かいながら、パツンパツンの緑色が頭を度々よぎる。

ピーマンてあんなに意固地なもんだったかな
posted by ゆりか at 19:13| Comment(0) | 日記

当たり前の動き

最近テレビ番組では、健康ネタが多く放映されている。高齢者の増加や全世代にわたり健康志向が高まっているためだろう。

たまに目にする肩こり腰痛ひざ痛改善の体操などは、武術を学んでいる人なら大抵普段から基本稽古で行っているようなものが多い。

さまざまな考えがあるが当会の武術はある意味では「普通の動き」を磨きあげ、生涯を通して高めるもの。体にとって「当たり前の動き」を当たり前からそれ以上に行えるよう心身を養う。

歩く、立つ、座る、移動する、手足を動かす、回転する、息をする、静かな気持ちでいる、どれも普通のこと。異常に速く、強く、大きく、テンションをあげて、などは限られた人、若くて強靭な人でなくてはできない。

誰もができる動きの精度をどこどこまでも高め、深めて行く。やがて当たり前の動きが当たり前でない高性能な動きへ変質する。

長く学んでくれているかたは当然として、定期的にやらせてもらっている武道の短期講座において、一回二時間の理論と動きの体験で体調改善を報告されることが多いのは、それだけ「当たり前の動き」を生活のなかでしなくなっているからなのかもしれない。

各武道も万人に有効なわけではないが、それをきっかけに心身が良い方向へ向かう人が多いのも確か。

今日も一日ありがたくレッスンさせていただきます。
posted by ゆりか at 10:22| Comment(0) | 日記