2018年12月11日

謙遜と柔和

KIMG0271.JPGKIMG0272.JPG本日の易学習はこの本より。

地山謙(ちざんけん)

謙虚、柔和をあらわす卦。

真の謙遜は相手を認め、また自分も認めてもらおうという円滑な人間関係のための基本的な態度です。謙遜は栄誉に先立ち、柔和は人を動かす。

太極拳に伝わる捨己従人に通じますね。武術において、相手に触れる接触感覚はつとめて優しく。優しく触れて付き従うから攻撃を避けられ、長ずれば危険を未然に察知できる。

今朝のレッスン、楽しくできました。参加者の方々からも色々お声を頂き嬉しかった〜( 〃▽〃)

午後からも謙遜と柔和を胸に、動いて参りやす。
posted by ゆりか at 11:46| Comment(0) | 日記

2018年12月10日

武術の両面

寒いですねー。
冬生まれのせいか、寒くなるほど「人生の本番がきた」という感じがして嫌いじゃありません。

今カイロプラクティック技術を代表から学んでいると何度か書きましたが、施術で人様に触れる感触は、代表の言うよう確かに武術に通じます。相手の筋肉をとらえ、通り抜け貫くような圧を、優しい接触の中で伝える。

北斗神拳にも殺傷術と医術があるように、空体道も武医両道、活殺両面があるのですね。

肉体を通して精神を知り、相手を通じて自分を知る。そんな武術が大好きです。

本日も皆さまと武術の素晴らしさを共有できますように。
posted by ゆりか at 10:15| Comment(0) | 日記

2018年12月08日

体幹部

代表が体幹部の動きについて書いてくれました。代表のダンス、ほんとにすごいですよ(о´∀`о)見るからにただ者じゃない動きです。

代表はたまにダンスやら空手やら、見よう見まねで別のジャンルの動きをします。(※動機は単なる好奇心からのようです)何をしても「ただ者じゃない感」は出るのですが、どれをやっても共通の、うちの武術の質が消えないことになるほどと思います。

慣れないことをしても変わらずある質。外見の形が何であれ質は重さであり全身統一の質です。質があるから、変化できる。決まった形である必要がないからなんですね。

何時もながら、夫自慢ブログにて失礼をいたします( 〃▽〃)てへ

ちなみにダンスコンテストの番組を見ていて、5つ位あったジャンルの各優勝者を、ダンス開始数秒で予想し全て的中していました。

ダンスはわからないけど、俺基準の全身統一の質が見えるから、なんとなくな、とのこと。

便利な能力ですね(笑)
posted by ゆりか at 22:37| Comment(0) | 日記

2018年12月07日

中身

易関連の本を読んでいると、中身を豊かにしろという内容が繰り返し出てくる。

機運の悪い時には、動き出すことなく、投げ出すことなく、その場にいて中身を充実させろ

とか

今は何をしてもうまくいくが、極まれば転ずを忘れずに、常に謙虚に、奢らずやり過ぎず、中身を充実させることを怠らないよう

等など、結局いつもそうじゃんと読みとれる。

易があらゆる東洋の学問や思想の基になっているのは、知るほど確信となる。易は変化を意味し、空は変化に乗ること。

空体道は変化に乗る体を養うと解釈してもしっくりくる。

内面の充実のためにするべきは、第一に取捨選択、不要を手放せば、要るものは自然と残る。

生活のなかでも武術においても実感している。
posted by ゆりか at 09:04| Comment(0) | 日記

2018年12月05日

曖昧だからこそ

型練習をする際に、その型の動きが何を意味しているのか曖昧であるほど、動きの質の改善に繋がる、ということがある。

打つ、蹴るに特化した動きは、その人の過去の経験からより「打つ、蹴る」に適した動き方を再現しようとする。でも質を高め続けるためには「過去に経験したものの再現」から常に脱却する必要がある。

曖昧な動きは体の前例と結び付きにくく、その都度新たな感覚で動き易い。また、曖昧だからこそ応用ができ、打つ、崩す、頭突き、蹴り、足払い、全身による応用変化が生まれやすくなる。

本日も曖昧にいきます♪ヾ(●´∀`●)ノあいまいみーまいん
posted by ゆりか at 08:21| Comment(0) | 日記