2019年01月24日

回り続ける

最近自主練習では、とにかく回転動作を繰り返している。代表の示してくれる技をずっと見ていて、動きの核は回転と落下にあるのだろうと推測し、それ以来時間があれば回転している。そしてたまに回転しながらコケてみる。回転と落下の共存を目指してのことだがはた目には変だと思う。

空法の遠心求心をメインにして左右旋回や四方転換の一部を取り混ぜ、20分30分と回転し続けると、人の目も気遣いも自制心も何もかもを忘れてしまうらしく、気分は晴れ晴れとするが数時間後に謎の筋肉痛が脇腹を襲う。

あれ、痛い

と思うやいなや回転のせいだと理解する、というお決まりパターンをこのところ繰り返している。

今日も私の脇腹は回転により酷使されました。

あ、しっかりした筋肉育っとるのー、よしよし
posted by ゆりか at 22:48| Comment(0) | 日記

肘の思い出

八卦掌を学び初めてすぐ、肘の存在を強く感じた。それまでの人生で、肘について特段に思いを巡らせたことがなかったので、その時の感動は肘を初めて与えられたような驚きを伴った。カイロ施術においても、施術側の肘の役割は大きい。

腕が螺旋状に動く為に、肘の存在は欠かせない。腕は筋肉に沿って螺旋状に働くとき、自然と強くなる。八卦の型ではこの螺旋を嫌というほど意識させられる。それを経ているので、カイロでは掌にしっかり圧が伝達するための肘の角度が定まってくる。

腕が螺旋に動き、肩が落ち肩甲骨が下がり腰や丹田と繋がるとき、これ以外はないというほど定められた型通りに体が整う。

同じ感動は、空法の構えや開合手、左右旋回、三角転身、遠心求心のなかにも味わえる。

全身は、なるべくしてこうなのだとわかる。

今晩もまた稽古にて、そんな肉体の絶対感に溺れてこよう。
posted by ゆりか at 15:36| Comment(0) | 日記