2019年03月26日

自由はここに

最近指導のなかで無意識に

体を自由にする

という表現をしている。体を自由にするには力を抜かなくてはいけない。体を意識でまとめあげる教えもある一方で、うちの教えは勝手にまとまるよう力を抜き続けるものだ。

思い返せば心と体の自由を求めて10代から試行錯誤してきた。

自由はいつもある。が、自ら縛っている。気づいてほどけば今この瞬間に自由を謳歌できる。

もう求めるまでもない。いつもここにある自由。

今晩レッスンも皆さんと体の自由を謳歌しよう!
posted by ゆりか at 19:08| Comment(0) | 日記

引き出し引き出され

病院関連施設のレッスンにて、予想しない反応に遭うことがある。

言葉での対話があまりない方々が、動くなかで何かを訴えようとしてくれる。

力を抜くことで出てくる効果ではないかと思っている。

指導する側として、以前はもっとこんなことを伝えたい等々思っていたが、最近はただ皆さんと動くなかで色んなことが引き出されるという現象が楽しい。

本音と建前とか、社交辞令などをあまり駆使しない方々から起こる言動には、心に迫るものがある。

私にできることはわずかだが、互いに引き出し引き出されることで何かが生まれる。

組手で学ぶ、互いを引き出し味わう練習はこうして活きてくるんだな。
posted by ゆりか at 13:37| Comment(0) | 日記

2019年03月25日

すり抜けたい

昨日の稽古で学んだ「相手の体をすり抜ける」ような接触を、組手で試みました。すり抜けるような接触の仕方や動きができると、自分は至極楽な上で全身の重さが相手に伝わります。当たり前ですが今の私にまだできるわけもなく。

でもいつもより技や防御にこだわらずにいられた気がします。技や防御にこだわるほど、心身が力むから、こだわらないくらいでいい。

相手も自分の思いもすり抜けて動きたいもんです。

すりすりす〜
posted by ゆりか at 10:18| Comment(0) | 日記

仲良しの体

空体道では全身が余すことなく無駄なく漏れなく動く体を養う。そのために体の隅々の力を抜き、重力と調和する。重力という唯一の法則に全身を従わせることで体がまとまっていく、と言い換えても良いはず。

作為と、無意識と、重力と、力みと、様々な縛りがある体はバラバラに働く。

1つの法則に則るからこそまとまる。

まとまる前に、イメージですが全身の隅々はパランパランに分離する、または溶解する。

ようやく最近まとまりが少しずつ出てきました。全身が仲良しの体、なんか好きです。

ただ立つ、歩くことに仲良しを感じます。

(*^-^)/\(*^-^*)/\(^-^*)
posted by ゆりか at 10:09| Comment(0) | 日記

2019年03月23日

当然だけれど

仕事柄、健康法情報に触れる機会が多いが、15年以上体を動かす仕事に携わってていつも思うのは、健康法としてやるべきとされているほとんどの動きや意識や心がけは、武術の教えのなかに満遍なく含まれている。武術の教えは生涯に渡り体の可能性を伸ばしていくものだから当然と言えば当然だが、何を見てもそう思うのは私の脳みそが空体道原理主義だからだけとは言えないと思う。

寝る、転がる、起きる、立つ、歩く、しゃがむ、お辞儀をする、息をする、体の外もなかも全てがよりよく動くべく、また加齢や運動能力に関わらず常にそれら当たり前の動きの質を高めることを目指すことが可能。

生きることと切っても切り離せないのは当然ですな。

さて、本日はカラオケコラボ練習でございます。その後は稽古です。

先日美容室帰りに、美容室と同じビルにある老舗のjazzバー(琴似 ロンド)のマスターが看板を出している場面に遭遇しました。このビルにjazzバーあるんですか?と勢い込んで問いかけ、地下にあることを知り、帰宅して検索。ここ、行きたい。近日かならず。

https://jazzrondo.jimdo.com

posted by ゆりか at 14:23| Comment(0) | 日記