2019年04月24日

回転の余韻

空体道の型、空法の後半は回転動作で構成される。力を抜き、重さが落ちてまっすぐ通った体で回転する。打撃の中にもあるが、回転は特に投げや崩しの技術に直結する。

いつからか、回転するとその余韻を感じるようになっている。特に遠心求心では、右回転と左回転の切り返しの際に重さの余韻が体内を動く。

大量の液体が移動するエネルギーは見た目よりも大きい。そんな感じが体内にある。

全身の密度が増して行けば、これはなくなるかもしれないが、今のところ楽しんでいる。

時折この感覚で組手の投げが決まるときがある。相手が踏ん張るタイミングを逸する投げになるか、または相手が自滅したようにかかる。

午後からは気功体操。液体か気体か、今日も体を味わいます。
posted by ゆりか at 13:31| Comment(0) | 日記

床の力

足腰の緊張が緩むと、床からの力を感じる。相手の抵抗圧力に、床が耐えてくれるのがわかる。または体重を押し戻して次の動きを導いてくれる。

ドラゴンボールなど漫画の格闘シーンでは、相手の強大なパワー(カメハメ波的なエネルギー波)を受けるとき、顔の前に両腕を交差し足を開いて腰を落としたまま立つ。攻撃が一旦止むとその人物の下の地面が広範囲に陥没している描写がよくある。

カメハメ波ならずとも、あのイメージがよくわかる。

地面が支えてくれるので耐えきれなければ地面が陥没するのだ。私たち人間の場合はそこまで肉体の耐久力がないので、流しきれなくなればぶっ飛ぶか受け身をとって逃げるかその場に潰されることにはなるが。

いずれにせよ地面や床の恩恵を無視してはいけない。

太極拳から開始です。床に感謝して動きやんす。
posted by ゆりか at 09:12| Comment(0) | 日記

あいみょん

シンガーソングライター「あいみょん」の歌が染みます。会員さんから頂いた2枚のアルバムを通して聞いていると、なぜだか目頭がこう、ツンときますね。

武術を通じて色々なことを受け入れてきた。こうだと思ってきたことには両面があり、あらゆることは善悪、賛否、メリットデメリット両面があるという現実を今は了承している。

若かりし頃はそれがわからず、いつも唯一の回答を求めてなにかと戦っていた。あいみょんの歌声には、その頃のもがきと、今の受容がちょうどよく配分されて感じる。

素直ではないが可愛いげのある表現手段を用いた人生讃歌なんだろな。

あいみょん、いいです。
posted by ゆりか at 08:59| Comment(0) | 日記