2019年05月06日

不安定と自由

以前代表から、片足立ちの方が力が抜けやすいのだと教わりました。

空体道でも、片足に乗り切ることで下半身の緊張を取り去る練習内容がたくさんあります。

両足で立つとただでさえ安定するので、無頓着に力む。片足になり、繊細な感覚を用いて脱力による重力との調和を模索するんですね。

同じことを杖に感じました。両手で持つと、無意識に支配したくなる。片手のほうが、杖の動きに従いやすい。

両手で持っても杖に従いきるのが理想ですが、できていないんですな。

よくわかりました。

安定の中には支配が隠れている。不安定だから自由になる。

なんか名言ぽい雰囲気ですよね。
posted by ゆりか at 22:45| Comment(0) | 日記

微粒子や煙

日本のアクション映画「亜人」を見ました。不死の体という設定のアクションは珍しいので、色んな意味で面白かったです。

以前観た「あずみ2」の高島礼子に通ずる、体が煙のような微粒子になる描写に心惹かれました。

私のぼんやり描く武術家像につながるからです。

相手が攻撃対象の私を実体として捕らえられないようになりたい。相手とぶつかるほど、ぶつかってなお勝ろうとするほど、心にも体にも負荷がかかる。受け流すでもなく、ただ捕らえられない、という姿がうすらぼんやりとイメージできます。

完全に打ち込んだと思ったのにいつの間にか背後にいるとか、投げるため関節をきめるため捕らえたと思ったのに消えている、という動きの質。後輩を導く組手ではそんな感触が少しだけあります。

微粒子や煙のイメージなんですね。

オラ煙になりてぇ!←心の叫び

空体道の教えにはそんなロマンを感じます。

死んだらそのまま換気扇に吸い込まれてしまえれば楽ですね〜ヽ( ̄▽ ̄)ノしゅわぁ〜
posted by ゆりか at 22:30| Comment(0) | 日記

循環と鈍感

今日は動きの循環を強く感じました。ブランコに乗っているが如く動きが循環する。

思えば先週、杖を用いて自分自身を減らす練習ばかりしていました。昨日の組手稽古でも、いかに自分でいなくなれるか、少しいつもと自分自身を切り離して動いてみました。

止めてもらっているものの、確実に顔面中心を打たれた感覚が幾度かありましたが、それだけ過敏さから遠ざかって鈍感でいることに良い驚きがありました。過敏な対応は有効ですがそれだけ繰り返しても前には進まない。

循環と鈍感のなかに埋没し、以前と違う時空間を体験するのも大切。その先に予想もしない能力が存在すると感じています。

循環と鈍感。語呂がいい。

昨日は友人と、山の手のテラスカフェ、ジミーブラウンに行きました。

ティラミスパフェんまかったし、沢山たのちかった(*´∀`)
posted by ゆりか at 20:06| Comment(0) | 日記