2019年08月31日

昨日が寿命

レッスンで訪れるある高齢者施設に、色々話してくれる男性がいる。片足に少し不自由があり、日常の動きは時間がかかる。その、立ち上がることそのものに瞑想的精神の余白を感じさせてくれる極めてゆっくりとした動きが、大好きだ。

よく聞いていると、昨日が寿命だったと話してくれている。では今対面しているのは、何か特別に延長された生命なのだろうかと軽く興奮をおぼえる。スタッフさんが脇を抱えているから、よもや私だけに見える存在ではあるまい。ちゃんといらっしゃる。

高齢者の方々が見せてくれる、ある意味では老いの象徴が、人生の極意を表す教えにも受け取れる。何回会ってもはじめましてと挨拶してくれる方々は、過去にとらわれない今この瞬間の体現者だ。忘れてなお、同じことをお話になるのは、その方の人生に繰り返し思考されてきたことなんだろうと思うと、重みがある。

昨日が寿命。気鋭の作家の新作タイトルのごとき、斬新かつ意味深長な言葉だ。
posted by ゆりか at 22:21| Comment(0) | 日記

一体化

居間にリクライニング式ソファがある。最大に寝かせた状態で練習映像を見たり、映画を見たりする。

たまにふと、完全に脱力してソファと同化しているのを感じる。溶けるチーズがあったまってきて、下にあるハンバーグと一体化するように。

立っていると、ハンバーグが足の裏の床なので、面積が小さい上距離がある。でも感覚は同じだ。

溶けるチーズとハンバーグのように、私の肉体と地面がある。

溶けるチーズのように投げをすると重さの技になる。導く組手だとできるが、相手がうまくなるほど対応することも増えてチーズでいられなくなる。※代表レベルになると、見た目の溶けた感がもうないんですけどね。

明日の稽古はもっと溶けてみようっと。
posted by ゆりか at 22:05| Comment(0) | 日記

2019年08月28日

想像もつかない

あるジャズピアニストの年を重ねての演奏を聞くと、一瞬破綻しているようでもあり、けどすごく楽しそうで、聞いてるとすぐわかる深い世界があって、完全なる個性の表出で、曲自体は定番なのに演奏の数分は完全に音に飲み込まれた。

知り合いの高名な画家は、精密さや計算や技術を取っ払った、瞬間芸のような絵を描いてみたいと話す。

武道の究極がただ動く、とすると、先の二人の成熟した芸道と通じて、うまくあることは全く不要になるんだろう。

うまさの次元が変わると言ってもいいのかな。

代表の技も、多分素人目には昔の方がわかりやすい。僭越ながら、私の競技選手時代の動きも、素人目には今より当時が良く見えると思う。

でも、衰えない重さの体を磨きあげた代表の今のシンプルな動きが、どれだけ察知しにくい、また強烈な威力を備え、かつ本人がいたって楽であることは十分承知している。私の武術の総合力も、過去の比ではない。

うまさとか、すごさとか、わかりやすい結果を経て、だんだん何か別の次元が出てくるのだ。例えとして私も入れたが、いつか目指す立場として恐縮ながら同列に置く。

少し前に、失うから得る、というブログを書いたが、それとも通じる。

今目指しているもの、または過去に目指していたもの、得たものは、非常に不確定で小さい。ただただコツコツ歩み続ける先に、今は想像もつかない果てしない次元があるのだと、あるジャズピアニストの演奏を聞いてまた思った。※山下洋輔のことでした。筒井康隆つながりで。

こうしてテクテク武道を歩んで、死ぬまでにどうなっているのかと思うと、死ぬ日が楽しみでもある。トンデモばあさんになってるのかな。

明日も死ぬのに1日近づくぞ〜!よぉ〜し!!
posted by ゆりか at 23:35| Comment(0) | 日記

萎縮より解放

今週木曜と土曜の体育館練習は5週目のためお休みです。いつもの練習がないと寂しいですね〜

レッスンは年中無休であるのですが。

指導でどんな言葉を発するかは、その時々の体の状態で変わるが、最近は体について言葉にしなくなっている。体のどこかに意識を向けるとアンバランスが起こるからだ。

あまりにも顕著に動かない部位があるなら意識してもいいが、意識をしないことも大切。

よく組手の際に代表が、意識を相手や自分に限定せず、格技室中に広げる、という。狭い意識は過剰反応を生むが、広い意識は包容できる。

意識状態で体が変わることを、以前とはまた違う形で体感しているため、体への働きかけが減っているのだろう。

水曜日午前は某高齢者施設の太極拳。午後は別の高齢者施設で気功体操。どちらも参加者は明るく、また、仲良し。練習も大切。楽しい気持ちで仲良く過ごすのも大切。

意識を萎縮させず、のびのび解放しよう。

夕方は美容室ハート素敵にしてもらおう!わくわく(*^^*)
posted by ゆりか at 09:08| Comment(0) | 日記

2019年08月27日

気にしない

インドの精神的指導者に、クリシュナムルティという人がいる。私の好みはエックハルト・トールなので、彼の本で間接的に知ったことだが、クリシュナムルティが長い間指導してきた弟子たちに対して、私の教えをただ1つだけ挙げろと言われれば、と話したという。

私は何があっても気にしない

これが教えの究極だったようです。気にしない、は、代表からも何度も教わりました。一人で会を運営していた頃は、様々なしがらみで悩むことも多く、たまにそのことも相談していました。その度いつも「気にしない」教えを様々な逸話から説明してもらいました。

武術や仕事を通じて、何を気にしてストレスを自ら生み出しているのか、数知れず気づくことがありました。

組手においては、以前ほどとらわれのない動き=気にしない動きが出来るようになってきました。

先述のカン先生の教え通り、対人稽古を通じて自らの内面が深まることが望ましい。技の効きはまだまだですが、内面が変化したことにはほんのすこしだけ自信があります。

今日最後のレッスンも、皆さんと触れあい、その時生まれる直感に従い、ご指導してきます。

気にしない気にしない
ひと休みひと休み

は、一休さんですね\(^o^)/ポクポクポクちーん
posted by ゆりか at 19:27| Comment(0) | 日記