2019年09月17日

愛すべき言い訳

先のブログ関連で思い出す。

力んだ心身は発言に「言い訳」が多くなる。こうしなければならない、とわかっているのに出来ない、という思いが言い訳を生み出す。

よくよく思い返すと、自分を含めて人間の発言には言い訳がかなり多い。

中には愛すべき言い訳があって、レッスン先の某介護施設にいた女性は、太極拳の練習で苦手なことがあるといつも

昭和2年生まれだから

と繰り返した。お陰で年齢も干支もスッカリ覚えてしまい、仲良しになった経緯がある。仲良しになってからは、不思議とその発言はなくなった。リラックスしてくれたのだろうか。

言い訳にも愛すべきものがあるという稀なケース。

言い訳には、ちょっぴり注意しよう。言い訳の裏にある力みを手放そう。
posted by ゆりか at 19:31| Comment(0) | 日記

反応を見る

力んだ心身は、拒絶反応をしやすい。逃げる、退がる、弾く、居着く、固まる、止まる、制御不能になる、等々。

組手や対練にて、自分の無意識の反応を見てみると、上記に該当する時がある。気がついたら、それをやめるようにする。

すると受け入れる、合わせる、動く、変化する、こうした望ましい対応になる。

我の強い性分なので、会話の中や、脳内でも拒絶反応が起きていることがある。

いや
でも
だって

そんな接続詞が浮かんだ時点で心身は力んでいる。

さ〜、今晩レッスンは皆さんを通じてどんな私と会えるかな〜
posted by ゆりか at 19:23| Comment(0) | 日記

生きているので

KIMG0037.JPGたまに山に野宿する人の動画を見る。ナイフや火打ち石など最低限の道具だけ持参して現地調達で一定期間生活する類いの人だ。サバイバルとも言えるかな。

ああいう方々に学ぶのは、視野の多様さと根気よさだ。限られた物資や食料の有効活用には、幅広いものの見方が有効だし、何をするにも根気がいる。

武術は本来生き延びる術を指すものなので、通じるものがある。

生き延びるために、自分以外を倒していくか、まわりと調和していくか等様々な考え方がある。個人的には人を押し退けて生き残る欲はあまりなく、有事の際はどなたか若い方に生き残る糧を譲って果てても良いと考えている。※果てる際に意味もなくヘラヘラしていたいという夢はある。

思考は視野を狭める危険がある。感情に裏付けられた思考は間違いなく狭窄になる。感情や執着は手放した方が楽だ。感情や執着を糧にして生きる方もいるだろうが、私はその生き方は辛いなあ。

アボリジニかネイティブアメリカンか忘れたが、大人への通過儀礼として、一定期間大自然で一人で過ごすらしい。生き残るべきものは生き残るし、過酷な環境に耐えかねて命を落とす場合もある。

人は多かれ少なかれ肉体的に、精神的にそんな時期を経験する。生き残ってるってことは、生きる力があるんだなと思う。

今日も生きているので、私には力があるということ。本日も皆さんに会えます。ありがたくレッスンさせていただこう。

うちのワンコもまた加齢により歯が抜けましたが、命のままに生きています。エライコ。
posted by ゆりか at 13:17| Comment(0) | 日記