2019年09月24日

足をあげ下ろす

ある介護施設レッスンにて、参加者の女性に声をかけられた。

先生、太極拳の最初のね、気をつけから足をゆっくりあげて肩幅におろすとこ、あれが大切よね。

とおっしゃる。よくよく聞くと、立つ力を養う、という指導意図をかなり的確に捉えている。立つ力は全身による重力との調和そのもの。

軽く感動を覚え、素晴らしい、とても深く理解して下さってますねと伝えると、上品に微笑んでくれた。

最近、皆さんの理解の深さに感動する機会が多いなあ。ありがたいこってす。

運転中思い出して、人知れずニンマリしています(* ̄ー ̄)
posted by ゆりか at 19:26| Comment(0) | 日記

動きのすきま

本日レッスン中に、ふと「動きのすきま」という感触を得た。

型を通す際に、慣れないうちは型に追われ、次の動き次の動きと気持ちが詰まる。

そういえばだいぶ前に空法でも循環する動きのすきまに粘りとか余韻とか、そんなのを感じていた。

動きそのものより、そのすきまの余韻により重さを感じていた。

慣れない方々に健康法としてご指導する際に、形ではなく質に目を向けるよう促す。運動効果も武術の質向上も、形を超えたところに本質がある。

それをどう伝えるかなあと考えるともなく考えていたら「すきま」が出てきたんだな。

空白
すきま
うつろ
中空
無用の用

みたいな。

今晩レッスンは、何を感じるかなあ。
posted by ゆりか at 19:13| Comment(0) | 日記

自由と狭窄

ジブリアニメ最大のトラウマ作品と称される「火垂るの墓」について解説している動画を観ていた。※岡田斗司夫氏のもの

あらゆる犯罪や避けられた死等、人間の不幸は視野狭窄が生み出すと学んだ。

思い込みが視野を狭め、判断を誤らせ、選択肢をなくす。追い詰められた心が不幸な行動をとり、不幸な結果を引き起こす。

先述のヴァーノン・ハワードさんも書いていたが、人間の幸福は内面の自由だとある。だとすれば、不幸は視野狭窄で納得。

空体道の修練が私に至福を与えてくれるのはそういうわけだ。選択の多様性と幅広いものの見方、臨機応変さをいつもいつも教えてくれる。己の思い込みに向き合い手放すことで心身の力を抜いていく。

んなるほどぉ

あまりに興味深くて珍しく夜更かししてしまいました。
posted by ゆりか at 02:14| Comment(0) | 日記