2019年10月26日

知っているから

最近読んだなかで

するべきことがわかっているから、していない自分に違和感があるのだ

という文章表現があった。どの本かは忘れましたが、体についてピーンときました。

立禅をしていると、体のなかに時に違和感や詰まりを感じます。それは望ましい状態とはずれていると体が訴えているからかもしれない。
体は望ましい状態を知っていて、はずれていることを知らせてくれる。


軽い体調不良ならば、動けば治ることは多い。生活の癖からついたズレを修正されるからなのだろう。

常にズレていれば、違和感すらないのかもしれない。やはり、稽古によって望ましい心身を繰り返し体験することなんだろう。

ありがとう、体。そしてお手数かけてごめんよ、体。

前半生は体に無理ばかり強いてきた。今後の人生はより体とともにありたい。
posted by ゆりか at 10:44| Comment(0) | 日記

2019年10月25日

立禅状態

立禅は、形ではなく状態になる。重力と調和した、詰まりのない、自由と安定と静寂を兼ね備えた状態。囚われのない、偏りのない状態。

普通に歩いているときでも、何気なく人と話している時でも、本を読んでいる時でも、ふと立禅状態になっている。人生全てがそうなったら、まさに生ける武そのものだ。

その頻度が少しずつ増えている。

おしおし
posted by ゆりか at 11:20| Comment(0) | 日記

立禅

最近立禅をしている時間が長くなった。格技室の自主練習(兼場所とり)では、約半分の30分から40分を費やす。手の構えを変えたり、平行立ちを前屈や後屈に変えたりしながら、ひたすらまっすぐ立つと時間が自然と過ぎて行く。

自主練習も内容を考えないでやっているので、その都度体が求めるものになる。今は立禅なんだな。もしかしたらこの先ずっと立禅かもしれない。

体がこの上なく整っていく。

今日もレッスン合間にきっと立禅してるな。
posted by ゆりか at 09:07| Comment(0) | 日記

2019年10月24日

できないを知る

日々のレッスンの中には、フィットネススタジオの太極拳もある。フィットネススタジオというのは、バリエーションに富んだ様々なレッスンを楽しく受けたり、マシントレーニングをする場所。特に何かを深めるというより、楽しく様々な形で運動するのが主目的な方が多いと思う。

私と代表が担当している太極拳レッスンでは、広く浅くではなく常に太極拳の本質(当会の考える本質)をお伝えしている。万人受けは期待していないので好き嫌いはあると思うが、私たちにとっての真実をありのまま伝えたいので、そうなる。


ありがたいことに施設側も全面承認だし、たくさんの方々が熱心に学んでくれている。

私の担当時間は条件が合うので対人練習も行う。太極拳の型に含まれる力の出し方や技の使い方、避けかた、日常生活に密着するよりよい動きかたと絡めて練習する。床がフローリングなので崩し技は途中で止めるようにする。

技を学ぶと、形を知っていてもできないことを知る。この、できないことを知るのが向上には不可欠。できることに執着すると、先がない。

戦うことを推奨するつもりは全くなく、常に対人練習はできないことを知り、できるようになっていることを等身大に認識するチャンスとしてやってもらう。

生きている限りいつでも次がある。よりよい次は、よりよい今から生まれる。

午後レッスンも皆さんと楽しく動きます\(^o^)/
posted by ゆりか at 13:28| Comment(0) | 日記

2019年10月23日

体のラスボス

今の武術に出会うまで、根深い猫背で肩こり・腰痛・アレルギー・呼吸器疾患体質でした。

全身の力を抜く働きかけをコツコツ続けてきて、長年苦しんできた症状が一つ一つ抜けていきました。気づくとない、あんなに苦しかった数々。

今現在、日常的に苦しいところはなくなりましたが、こんなに全身が変わるとまた改めて、力みの御大の存在も感じる。おもに首から上背部に御大がおる。

顔ともつながって力んだ筋肉がいますのよ。これ、今からまた抜けていくやつですな。ラスボスのクッパ大王打倒の日は近いかも

今日のレッスンも全身の動きを引き出しますが、御大がどうなっているのかより注意深くなろうと思います。

また進化の時、きたかー!?
posted by ゆりか at 09:07| Comment(0) | 日記