2020年01月31日

変わってきた

今晩自主練習&稽古は全身を使いきりました。最後の長い立禅で代表の真似をして膝を緩めようとしたら

これ以上は・・無理ッス

と、体が訴えていました。

最近、代表になりたさすぎて模索しすぎて迷いこんでいたラビリンスから今日ようやく抜け出せました。自由舞にはっきり違いが表れました。立つことも構えも型も

ああこれだ

と感じる瞬間があり、何か新たな局面に乗った感じです。悩みつつもやはり自主練習のやりこみが実を結んできています。

お祝いにアイスを食べましたー(о´∀`о)ホクホク

また明日も練習練習\(^o^)/
posted by ゆりか at 23:24| Comment(0) | 日記

まだ不自由舞

昨晩自主練習では、ほぼ全ての時間を自由舞に費やしました。代表の動き方に似せようとし過ぎてまだ不自由舞ですけどね(о´∀`о)

でも昨日書いた考察は正しかったようで、計三回、色々意識を変えて動いた映像のうち、ひとつひとつの動きを収束するまで待つようにしたものが一番体のまとまりがあり、代表にも評価されました。やはりあれかあ。

このまま早くもっと手を動かしてごらん

と、他意のない顔でおっしゃる代表。あのゆっくりした収束する動きだけでも、現段階では相当の苦心で成り立っているのに、首座ったばかりの赤ん坊に「走れ」と命じるがごとき難解さ(*_*;

代表の発言に対して「否」はありません。弟子ですから。今晩また試してみます。新型肺炎とは別の熱が出そうです。

posted by ゆりか at 09:41| Comment(0) | 日記

2020年01月30日

自由舞考察

先日から代表の映像と自分の動きを比べて感じていたのは、代表の自由舞が型にも見えること。あまりにきちんと、整合性のとれた動きなので、ご本人の思いと逆に、すごくちゃんとした型に見える。

対して私のは、あっちゃ動いてこっちゃ動いて、動きのつなぎめに意識の荒さが見えるから、到底型には見えない。

漠然とした表現でいえば、完全に今にいるかいないかの違いだ。私のは、前の動作の途中から次の動きへ意識がいき、意識がいくから体の一部がそちらにむけて開始してしまい、その他がついてきていない。

今、の完全体が連続すると代表の動きになり、過去と今と未来が無作為に混じりあうとわたしになる。人格についても、指導についても心当たりがあり、我ながら耳がいたい。

ちょっとした、でも面白い気付きです。

今晩自主練習でやってみます。いや、今のレッスンから心がけてみます。いつでも今がはじまり!
posted by ゆりか at 09:37| Comment(0) | 日記

2020年01月29日

からっぽ

心身のからっぽ状態をたびたび味わう。まだ、動きながらからっぽにはなれない。特に最近は、自分の自由舞と代表の自由舞が全然別物であることに愕然とし、考えながら動いてしまうのでより煮詰まる。

このからっぽ感は一人でいるときにたびたび起こる。非常に良くて、このまま動くことができれば重さと完全に調和できるのかもしれないと予想する。

午後レッスンはこの感じでやってみます。
posted by ゆりか at 13:48| Comment(0) | 日記

つぼんで開く

動きのなかで、つぼみ状態と開花状態の移行を感じることがよくある。脱力した体で片足に乗ると、一点に落ちて収束していき、それが花からつぼみに戻る過程のようであり、落ちた直後は逆に床から押し返されて花が開くよう押し上げられる。

空体道の蹴り練習や、太極拳、八卦掌の蹴り全般はその感覚が起きやすい。蹴り足自体の筋力を極力使わないから、重さがそのまま威力になる。昨晩太極拳レッスンにて分脚の説明をしていたらこれが強く出てきて、こうなると伝えずにはいられない。

いつものようにどなたとも共有できない暑苦しい熱量で感覚を伝えてしまった。

人間は自然の一部だと動きが教えてくれる。
posted by ゆりか at 08:51| Comment(0) | 日記