2020年02月10日

境界線

養老孟司の本を読んでいると、境界線の曖昧さを思いしる。生と死、人と物質、昨日と今日、私とあなた、選択と無意識、肉体と意識、部位と全体。

空体道でも重力と自分、肉体と空間、相手と自分、開始と準備、攻撃と防御、投げと打撃、稽古と日常、動きと静止、あらゆる境界線は曖昧であるのが望ましい。

代表の技を受けると、自分で勝手に倒れたようにも感じるし、相手と自分の技術レベルが近いほど、対人稽古で有効な動きができているときは自と他の境界線は曖昧に感じる。だから気持ち悪いと思われるかもしれないが、共に長く稽古し続け、高めあう代表や仲間たちは、自分の一部のようにも感じている。

なんか面白いっすね(о´∀`о)
posted by ゆりか at 10:15| Comment(0) | 日記

2020年02月08日

言葉と実在

KIMG0051.JPGKIMG0052.JPGジャズピアニスの山下洋輔と養老孟司の対談を見ました。かっこいいアラハチ(アラウンド八十歳)だわあ。この二人の対話が面白くないはずがなく、早速YouTubeで演奏を聞き、仕事合間に本も購入。

養老孟司の話がうちの武道に通じるんだよと代表に話したら、脱力の第一人者、野口三千三(みちぞう)さんの教材映像でコラボしていたことを思い出させてくれました。お話から察するに、恐らくどこか脱力思想があるようです。

たまたま図書館で借りたこちらの本とも通じています。まだ読み始めですが、耳が聞こえず27才まで言葉の存在を知らなかった青年と、手話通訳者の交流を描くノンフィクション。ヘレン・ケラーが水の存在を認識したような感動の瞬間が描かれているそうです。言葉を知らなかった時代の世界観がどんなものか、読み進めるのが楽しみ。

言葉と言葉のない実在。人間はその両方を生きていますね。

ふむ。なんかつながってくるな。
posted by ゆりか at 13:46| Comment(0) | 日記

クッとなる

昨晩稽古前自主練習は、速い動きを模索してみました。形意、太極拳、自由舞全てにおいて、速く動く。映像確認してみたら、特に形意では動きのつなぎめに

クッ

と一瞬断絶がある。代表の動きには何をしても一切クッがないので、なくさなくてはならない。組手でも

ウッ

と反応が固まる瞬間を減らすようにしています。やはりやりこみが足りない形意で一番癖が出るんだな。

クッとウッ

を共に減らすよう。

スー

が望ましい。

スー

と、レッスン行って参ります!
posted by ゆりか at 10:42| Comment(0) | 日記

2020年02月07日

より解放

今、打撃を組手の課題にしているので、自由舞でもより体を解放するようにしている。打撃は手足が自分から離れていく動きなので、求心というより解放的な動き。

よりのびのびと、心と体を解放する。

手足が自然と出ていくように。

午後レッスンものびのび参ります。
posted by ゆりか at 13:15| Comment(0) | 日記

2020年02月05日

薄く均一に

一時間以上寝坊したのにちゃんと間に合っている。ギリギリ間に合う時間に目覚めるところがニクいのう、あたい( ̄ー ̄)

全身の均一化に向けて、少しずつ歩みを進めている。カチコチだった全身の各部位が動き始め、まだムラがあるので自由舞を繰り返してならしていく。

思えば代表の動きに感銘を受けたとき、何に心奪われたかといえば

全身が俺だ!

という信頼感。まだ私の動きは私が薄いとこと濃いとこがある。自我は薄く、全身が均一になるように促す。薄く均一になると、はためには濃く感じるが内面の我は薄いのだ。

薄く均一なわたしになるように、本日もレッスンしてまいります!
posted by ゆりか at 09:07| Comment(0) | 日記