2020年03月04日

あると知る

武道に心のあり方や体の使い方、生き方全てを求める私にとって、空体道とともに生きるのはごく当たり前のことである。元来がめんどくさがりな性分で、心のあり方はこれに求め、体の使い方はあれに教わり、生き方は彼に学び、という使い分けをしたくない。出来るなら何事も一つでこと足りたい。

空体道が私にとってなぜあらゆる問いの答えになるかというと、内面に答えを求めるからだ。今あるものを自覚し、活用するという根本思想は、外部の刺激を必ずしも必要としない。

重さがある、動きがある、意識がある、自覚がある、あるものに気がつくとは、それとともにあること。探すのでも、付け加えるのでもなく、あると気がつくこと。

テレビCMを見ていたらわかるが、人は不安感から物を購入したり得ようとする。不安感は「ない」という思いと不可分。でも「ある」ものは何なのか。突き詰めると「生きている」という現実になる。命が、ある。

生きてさえいれば、空体道ができる。生きていることが「ある」のだから。

また承認の得難いことを書いてしまいました。でもいいのです。私のなかに「ある」ものだから。
posted by ゆりか at 13:44| Comment(0) | 日記