2020年05月02日

変化と不変

型のある武道ではよく論議される、型練習はなぜ必要なのかという疑問。各武道により、指導者により答えは違うので、正解は人それぞれでいい。

当会で言えば、空体道の型は単式(1つの動きを繰り返す)で構成され、その後は自由舞へ続く。型はエッセンスであり、各単式は打撃、投げ、避け、武器術と応用される上、体の質(重さと変化)を養成するために行う。

当会では太極拳・八卦掌・形意拳も空体道の理論で行うので、いわゆる套路(複数の技の集合型)は、不変と変化を学ぶものと理解できる。 今日自主練習中にそれを強く感じた。

何をしても変わらない質(脱力=重さ=全身性=立つ力)という不変と、不変の質で変化(次々変わる外見の動き)すること両方だ。

練習を重ねてきて、この不変と変化のうち、以前より不変が強くなっているのも自覚する。不変極まるほど、小さな動きで強大な力を発揮できるようになる。

華麗で派手な動きではなく、より地味で単純で、よくいえば無駄のない自然な動き。重さと立つ力が消えない一貫した動き。

不十分なりに、昔から言えばわたしも変わったもんだなとつくづく実感しました。そしてこのずっと先に、代表が体現している境地があるのもはっきりわかる。

今日の練習中ちらと横を見ると、目の前にある大木に劣らないすさまじい不変性と身体の自然さを体現する代表。さすがっす、と内面で呟きました。

明日も練習し〜よおっと!
posted by ゆりか at 21:13| Comment(0) | 日記

初夏の陽気です。ワンコ散歩の途中で形意拳套路を一通りやりましたが、暑くてパーカー脱ぎました。

いやはや、個人的に最近の発見は個の喪失です。個、わたし、自我、というものが苦しみを産み出します。歴史的に見れば、近代になるほど個の概念が確立して、社会や政治システムが個を尊重してくれるようになっていると理解していますが(表向きには)、ここへきてまた一旦個が曖昧であることの良さを噛み締めています。

コロナ自粛が私に多くの学びを与えてくれている。

ああ、ありがたや。苦しんでいる方には沢山の救済が届くことを願いつつ、ありがたみを全身で享受する。

( ̄ー ̄)
posted by ゆりか at 11:35| Comment(0) | 日記