2020年06月25日

練習時間とは

練習時間を確保したいがために、指導を仕事にしてきた。が、基本が体内に養成されると、何をしていても練習時間になる。動き方、休み方、心のなかのつきあい方、脳内のありかた、人との接し方、SNS、練習対象は無限になる。

今、それが非常に役立っている。練習時間を区切らずとも生きること全てにおいて練習となる。

子供の頃、武道や格闘技で名のある人の素行が悪いとか、精神的には豊かでないと感じたとき、修練とはなんぞや?と思った。私自身、一般的に人から誉められる生き方ではないが、納得のいく生き方=修練の日々を送っている自負はある。

今また、心と体が大きく変わろうとしている。生きるのは修行、とも言うが苦行ではない。武道の課題に照らして修正しながら生きるのはなかなかどうして楽しい( ̄ー ̄)
今日も様々な気付きがあり、定着もある。おし、午後レッスンも練習を兼務しています。心してかかります。
posted by ゆりか at 13:40| Comment(0) | 日記

2020年06月23日

つづき

ちなみに先ほどの感覚が組手でも維持できれば、代表のように数p数oの見切りができるはず。責任をとらなくていい範囲の攻撃には反応すら要らない。

相手のレベルが高いほど難しいですが、私の体もちゃんと進歩しています。

ではレッスンへゴー(о´∀`о)ノ
posted by ゆりか at 13:47| Comment(0) | 日記

責任とる空間

長時間立禅をするようになって以来、体の空間的まとまりを以前より感じるようになった。こっからここまではわたしのだよ、という範囲がある。その範囲では何となく体が責任を負ってくれる。

物事に過敏だった若かりし頃は、どこでもかしこでも感じたものに反応し振り回されていたように思う。今、責任と無責任がいい感じに混在している。また、責任の範囲内でいることが非常に心地いい。心地いいから力もぬきやすい。立禅時の抱式の構えが自分自身をほんわかと抱き締めているかのようだ。

また穏やかに「アイラブミー」(※母と姉に呆れられた、私の座右の銘)が強まっている。

今日も大好きなわたしとずっと一緒(о´∀`о)うふ
posted by ゆりか at 13:37| Comment(0) | 日記

2020年06月20日

草むらを食す

小松菜・バナナ・ゴマ・豆乳スムージーが好きでよく作る。あれこれ料理をしなくて済むように、葉物野菜があればあるだけ放り込む。度々やりすぎて、苦いとか辛い等、美味しくない領域にまで行ってしまう。一か八かの賭けだ。

先日会員さんからご自宅の畑の巨大野菜を頂戴した。ミキサーに詰められるだけ詰めてスムージーにしたら、草むらをそのまま噛んでいるような味がした。バナナの甘さを完全に凌駕する草むら感。ありがたく飲み干したが配分をかなり誤ったよう。

スムージーの草むら味。

大切に育てられた野菜たち、もっと美味しく頂戴するべく加減します。

※夫様に飲んで頂く分は、かなり調整し味見をしてお出ししますm(._.)m草むら味はわたし専用。

posted by ゆりか at 13:33| Comment(0) | 日記

脱いだらすごい

余分な力を抜く

と言葉では言うものの、何が余分で何は残るべきかと考えてもわからない。余分な力を抜いて、必要な力は残すなどコントロールして出来るものではない。だから全部抜く。抜ききって抜ききって動いたり立ったり生きていると、本当に必要な働きだけ残る。最初ほど余分が多いから、抜いて動くことをひたすら繰り返して分厚い余分を脱いでいく。

要らないものをたくさん身にまとっているもんです。脱いじゃえ脱いじゃえ〜\(^o^)/

あたし、脱いだらすごいんです、というエステのCMが昔あったが、みんな脱いだらすごいんです。それが本当の力です。

午後レッスンも、ひたすら脱いできます。(衣服は着てます。)
posted by ゆりか at 13:22| Comment(0) | 日記