2020年06月20日

草むらを食す

小松菜・バナナ・ゴマ・豆乳スムージーが好きでよく作る。あれこれ料理をしなくて済むように、葉物野菜があればあるだけ放り込む。度々やりすぎて、苦いとか辛い等、美味しくない領域にまで行ってしまう。一か八かの賭けだ。

先日会員さんからご自宅の畑の巨大野菜を頂戴した。ミキサーに詰められるだけ詰めてスムージーにしたら、草むらをそのまま噛んでいるような味がした。バナナの甘さを完全に凌駕する草むら感。ありがたく飲み干したが配分をかなり誤ったよう。

スムージーの草むら味。

大切に育てられた野菜たち、もっと美味しく頂戴するべく加減します。

※夫様に飲んで頂く分は、かなり調整し味見をしてお出ししますm(._.)m草むら味はわたし専用。

posted by ゆりか at 13:33| Comment(0) | 日記

脱いだらすごい

余分な力を抜く

と言葉では言うものの、何が余分で何は残るべきかと考えてもわからない。余分な力を抜いて、必要な力は残すなどコントロールして出来るものではない。だから全部抜く。抜ききって抜ききって動いたり立ったり生きていると、本当に必要な働きだけ残る。最初ほど余分が多いから、抜いて動くことをひたすら繰り返して分厚い余分を脱いでいく。

要らないものをたくさん身にまとっているもんです。脱いじゃえ脱いじゃえ〜\(^o^)/

あたし、脱いだらすごいんです、というエステのCMが昔あったが、みんな脱いだらすごいんです。それが本当の力です。

午後レッスンも、ひたすら脱いできます。(衣服は着てます。)
posted by ゆりか at 13:22| Comment(0) | 日記

意識はそれほど

中国武術を学びはじめて「意識」の重要性を知った。意とか意念で体や動きを導いていく感じがとても新鮮だった。が、やがて意識と動きのズレを感じるようになった。いわば「思い通りにならない」というアレです。

対人稽古を繰り返す中で、時に意識が自然な動きを邪魔することに気がついた。意識は形や結果を作ろうとし、作為を生む。それすら乗り越える意識の教え、流派もあるのだろうが、空体道でいえば意識はほんのりでいいと今はわかる。

ほんのりと「力を抜こう」とか「なんとなくこっちに動こう」とか、変更可能で漠然とした広い意識状態でいることがいいなと思う。

意識と体のどちらか先導と決めるのではなく、ぼんやり入り交じる。こと力を抜くに関しては、強い意識は役に立たないことのほうが多い。意識して何かするのではなく、動きや結果が起きてからボヤッとそれを意識する位でちょうどいい。

本日もレッスンを通じて、ぼんやりを体内を感じてきます。
posted by ゆりか at 10:20| Comment(0) | 日記