2020年07月21日

日常化

空体道の前進・後退歩をある程度以上に時間をかけて行うと、ぐぐぐぐっと音を立てるかのように明確に体が変化する。前は一時間近くかかったが、最近は10分以上でそうなる。

重さが落ち、不十分ながら全身あらゆる部位が真下へ向かい、バランスをとろうとせずともバランスがとれる。

でも、この練習でそうなるということは、普段はそうなっていないということ。変化時間が短くなり、いずれはやってもやらなくてもいつもその状態でいられるのが理想。

へ〜ん、しん!とぅっ!

で臨時に超人になるのでは、ちと不便。代表は普段からあの重さなので、日常のひとコマ(「ちょっと横を通るね」的な軽い押しで全く動かない)には時おりまわりが困るほどでないといけないのだ。※悪口ではありませぬm(_ _)m
posted by ゆりか at 13:24| Comment(0) | 日記

2020年07月20日

ファーストコンタクト

先日稽古でした崩しが黒帯同士だと互いに全然かからず、少し居残り練習をした。そこで互いにこれぞと結論したのが、初動、いや動く前からなんだろうな、そのぶつからなさ、やわらかさだ。誘い込み、とも言える。誘い込んで完全に相手に合わせた状態から入ると、なんの苦もなく崩し、崩される。

腕に触れあい、押された力に沿って下、うしろ、回転方向に崩すのだが、少しでも体内のどこかが力んだり、強引な意識が出ると途中でぶつかり、止まってしまう。

ああいう精妙な技は、技に入る前の、触れる前の、互いを認識するファーストコンタクトの時点で決まる気すらする。代表にかけられると、自ら転びにいったような妙な崩され方をする。

おもしろいなあ〜
posted by ゆりか at 15:35| Comment(0) | 日記

2020年07月18日

柔軟性

KIMG0133.JPG代表が柔軟性について書いてくれたが、心と体は一体であり、心の柔軟性も体と同様に大切。護身術において危機を察知する能力は感覚の柔軟性そのもの。凝り固まった意識状態では、微妙なシグナルを見落としてしまう。

武道では先の先とか後の先などと言葉があるが、心身が柔軟なら、移ろいゆく状況に常に順応し対応し、致命的な結果を自然と避けるのが生き物の自然なんだろう。

動きにしろ心にしろ、生き物の自然に備わった能力を引き出すのが脱力。

ただ今レッスン合間の車中待機中。車内クーラーと携帯扇風機とひんやりタオルで身を護ります。普段から平熱が高い人間なので、こんな日は冷やさないと脳が煮えます。ああ〜ちめたくてキモチイ〜( ´∀`)
posted by ゆりか at 13:12| Comment(0) | 日記

2020年07月17日

ネタ

数年前、当時小学生の姪が夏休みの自由研究に何をしようか検討していた。 「担任の先生を絶対に笑わせる、渾身の一発ギャグを研究してみたら?」と提案した。「担任の先生も人間なんだから、みんな同じようなもの作ってこられても飽きるんだからさ、職員室でタイマンで『先生!これが夏休みの研究成果です!』とやればさあ、あたしなら満点あげるね」と。そうこう話しているうち、例えば、と、私の学生時代の個性的な教師の真似を立て続けに披露したら、姪姉妹が笑い死に寸前に至り、その下りは「夏休みの思い出」の作文にまとめられて優秀な成績をもらったという。

今年は夏休みがほぼないんだろうな。でも、困った時は偉い人や気難しい人を笑わせる、渾身のネタの一つや二つは常日頃から研究し、持ち合わせておきたいものだ。

代表もわたしも、そういうネタは結構持っているのです。さ!レッスンです!
posted by ゆりか at 09:41| Comment(0) | 日記

足2本でなく

形意五行拳をしていて、移動の際にどうも体が重さで前に引っ張られるのが気になりました。代表に質問したところ、足に意識がありすぎてまっすぐが薄れていると指導してもらいました。

太極拳の癖なのか、片足に乗り切る、虚実分明にとらわれすぎていたのは否めません。足を前後に開いて移動すると、重さで交互に体重が移り変わるのを、あえてやりすぎていた。

足ではなく、まっすぐが移動することだけ考えてやってごらん

と。足は二本を交互にうまく乗りこなす次に、二本を分けない、全身一体化の境地がある。いつまでも足は二本とこだわってはいけません。可能性無限なのです。確かに組手だとやや前に行きがち。もっとまっすぐでいなけりゃなりません。明日稽古前自主練習にて、また試して撮影してみます。

形意拳については、何年経っても色々直すとこが多い。苦手=伸びしろですな!
posted by ゆりか at 09:30| Comment(0) | 日記