2020年07月11日

太極拳イベント

明日は市内の病院から依頼された太極拳体験イベント。コロナの影響でイベントごとは久し振りです。

心と体の静寂を実感してもらえたらいいなあ。それを伝えるには、何より自身がそうであること。今日最後には稽古があります。またそこで己の静寂(非静寂も含めて)を味わってきます。
posted by ゆりか at 10:45| Comment(0) | 日記

2020年07月08日

摺り足

最近、片足に乗る時に反対の足が「わ〜い、自由だあ〜」 と自ら挙がるのが楽しくて癖になり、形意拳にもそれが出てしまっているのを指摘されました。形意、八卦の歩法は基本摺り足気味。厳密には床を摺らないが、挙げすぎないようにして鶏歩からの蹴り等への応用変化を増す。

稽古前自主練習ではそれを中心をやりました。今日は忙しい一日だったので、自主練習をやりすぎないよう(稽古に体力温存)、ブログ書いて小休止でした。

続いて少し杖術です。でも練習すると疲れがとれるわあ( ´∀`)
posted by ゆりか at 18:42| Comment(0) | 日記

2020年07月07日

得るべきは

得るべきは静寂だと確信に至っている。体が思うようにならないときは誰しも必ず来るし、収入や持ち物や地位や、外見や格闘の強さ弱さ等々、すべては相対評価の世界。誰々よりもこうだ、と小さな世間で一喜一憂しても仕方がない。※個人的見解です。

どんな条件であれ、内面が静寂であるならその人は唯一無二のその人自身を生きていると言える。ただ難しいのは、静寂は取り繕える。「静寂風」な発言や佇まいや時間は演出ができる。いくらでも自己を偽ることができる。本当の静寂を得るには、思うようにいかない状況で体で稽古するのが適している。だから武道は精神と密接なんだな。

代表も書いていたが、時折静寂は実感する。ただし一人でいるときのほうが多い。人や感情にとらわれる。今は久し振りの稽古再会や新生活の開始により、過度な嬉しさが私の静寂を打ち壊す。全力で尻尾を振る年若いワンコのような気持ちに度々なる。結構しょっちゅうなる。

おちつけ。いい年こいてるのだから。
posted by ゆりか at 13:23| Comment(0) | 日記

2020年07月06日

覚醒

心身に不調を抱えている方が急激に覚醒するのを目の当たりにすることがある。覚醒というか、人間本来の能力なんだろうと思う。つい先日も、レッスン休憩中にそれが起こった。

武道をやりこんだ人はわかってくれるはずだが、いわゆるスポーツの世界で高く評価されるような力強く、若さのみなぎる、筋力の最大活用の動きとは正反対の、地味で一見見落としてしまいそうな、体内で全てが調和した全身統一の動きを、視界のなかでされると、自分が日頃から目指しているものだけに、強く惹き付けられる。

立つことも会話することもままならない方だったが、太極拳のような、武道のようないくつかの動きを一人静かに繰り返している。長くレッスンに参加してくれているが、レッスンではお伝えしたことのないものも含まれる。私がしていたのを記憶したのか、自然に発生した動きかは不明。


うっわ!すごい!いい〜動き!

と、思わず近くにいた施設のスタッフさんに話しかけたが、武道をやりこんでない方からしたら、「単なる何てことない動作」であるらしく、「はぁ・・(?)」という気持ち半分で愛想笑いを返してくれた。

勿論、あの方は対人稽古などしたことがないから、護身術で使えるとは思えないが、対人でできれば間違いなく有効な動きかたでした。体に不調があるからこそ、完全に無理のない、自然な動きができたのでしょうか。興奮覚めず、感動について軽く話してから続きのレッスンに入りました。

人の可能性とはこういう驚きを含むもの。さ〜!今日も可能性に問いかけてきますよー!
posted by ゆりか at 09:50| Comment(0) | 日記

2020年07月05日

立禅太極拳

昨晩稽古前自主練習では、普通15分位で通せる円転太極拳五十四式を、三十分ほどかけて行いました。動きは遅いを超えて止まっているようにさえ感じる、立禅状態に特化した太極拳。

火をつけたロウソクのロウが溶けていくような、余分なものが全て落ちて行く静かな快感を抱きました。気持ちよすぎて、もう一回通しました。

人は知らず知らず次の動作に引っ張られ、心身を崩します。止まっているくらい遅く動くと、次ではなく「今、今、今」の連続になり立つ力が増す。

稽古も皆さんと太極拳ができて楽しかったあ〜(о´∀`о)
posted by ゆりか at 07:47| Comment(0) | 日記