2020年07月01日

ではないのか

本日太極拳レッスンには、久々に太極拳らしい服装(太極拳用品店の衣類)で行きました。単純に暑くて暑くて(個人的体感温度が)、通気性のよいものを選んだ結果でしたが、少し雰囲気が違って見えたらしく、レッスン終了後に参加者の方からこんな声をかけられた。

「先生、今日なんかシックで大人っぽくていいね!」と。四十にしてやっと大人っぽくなれたかと満足しながら、なぜか無意識にこう返答した。

え、シックでセクシー?

「・・・。」無言の返答に深い気遣いと否定の意を感じたので「セクシー、ではないかぁー、えへ」と呟くと隣でスタッフさんが爆笑。なぜか声をかけてくれた方へ「ありがとうございます!頑張ります!」と声をかけ「楽しみにしてるよーー」と返されて帰ってきました。セクシーを楽しみにされてるのか、あたし。どうすりゃいいんだ・・・(*_*;

道着に着替えて稽古へ出掛けます!
posted by ゆりか at 16:44| Comment(0) | 日記

曖昧だから

太極拳、八卦掌、形意拳、空体道、当会ではどの型もより曖昧に行う。曖昧だからこそ全身が動くのであり、技としても応用がきく。派により様々な考え方があるがどれも正しい。形を作り込む考え方も存在するので二元論に終始しないことが肝要。

曖昧に動くとき、体は自然であり、意識も自然である。生き物は柔軟で変化豊富だからこそ生きている。何事も凝り固まるのはよくない。

便宜上、型を指導するときはこういう使い方があると話すが、使い方は状況により何通りにもなる。曖昧だからこそ無限。

曖昧に曖昧に。
posted by ゆりか at 13:52| Comment(0) | 日記