2020年09月27日

全身に

小さな動きの自由舞練習が効を奏しているようで、代表から重さが増していると評価されました。脱力による統一した動き、少しずつ現れはじめているようです。

でもこの体になったからこそ感じるのか、代表の恐るべき進化のせいか、代表の重さが余計にこたえます。もっとバラバラなときは(代表がより加減していたせいもあるが)バラバラなぶん、受ける力も逃がしていたのかもしれない。今は全身にくまなくくるから、文字通り身動きがとれない。

打って終わる相手には打てばいい、単純な攻防ではどうしようもない相手にこそ重さが活きる、とかねてから聞いていましたが、少しはそのレベルに近づけたかな。

さ、今日は特別レッスンです。いって参ります!
posted by ゆりか at 14:47| Comment(0) | 日記

2020年09月26日

バナナ

子供の頃、何故バナナをバナナと言うんだろう、と一人悶々とした時期がある。りんごでも、バネネでも、ナナバでも、あの果物の存在の本質は変わらないのに。きっとたまたま名前がついただけなんだろうと結論した。音声や文字から意義を抽出する学問の人からしたら、バナナがバナナたるべき唯一の理由があるのかもしれないが、私にはわからない。

人間は様々な言葉にならない思いを抱えて、それをその人なりに表現する。おしゃべりが苦手なので自分は参加しないものの、複数の人間のおしゃべりが聞こえてくると、何故こういう発言をしたのだろう、あの言葉を裏付ける心理は何だろうと悶々して楽しむことがある。

その人にとっては、たまたまその言葉を選んだだけで、内面にはまだまだ吐き出しきれぬ膨大なる心情が湯だっているのだろうと推察できる。

たまたま言葉にしたらバナナだったが、本質は別にある。言葉は言葉。中身は別物かもしれない。

人間てみんな、オモロイ。

さて、自主練習です。
posted by ゆりか at 17:30| Comment(0) | 日記

ほぼ立禅自由舞

今晩の稽古前自主練習では、ほぼ立禅の自由舞をする予定。この数週間で小さな自由舞をしてきて、体の統一性が増した。増したのは普通に自由舞をしていてわかった。ある程度制限を設けたお陰で動きすぎるところと動きにくいところの差が減ったのだろう。

これを踏まえて、より小さく、ほぼ動いてないんじゃないかくらいの自由舞をしてみたい。代表の最近の組手はとみに立つ力と統一性がはっきりしていて、相手を重さで崩す際の動きがより見えなくなっている。

大きく動いてもバラけない、小さく動いても全部が動く。導く組手で大きく動くので、一人練習はより小さくしてみよう。

さて、レッスンです。
posted by ゆりか at 10:50| Comment(0) | 日記

2020年09月23日

みんなうまく

最近の稽古にて、会員さんたちがみんなうまくなっているなあ〜、と実感しています。人間、ほんとは変化する生き物なんだけど、意識的に生きていないと変わるのは難しい。社会は固定した確かなものを求めるから、大人になるほどそれに適応して脳内が固定化する。成長は変化だから、固定とは逆方向。でも立派な大人の皆さんが、ちゃあんと変わってきている。素晴らしい!

そして代表の重さが、最近「重い」を超えて「痛い」(>_<)打撃じゃなく、ただ触れて重さが来るだけで痛い笑

スクスク成長する会員さんに代表に、私もいくぞ〜!まぁてぇ〜ε=(ノ・∀・)ツ
posted by ゆりか at 22:45| Comment(0) | 日記

自由舞

最近、高齢者施設や病院系レッスンでも自由舞を取り入れている。脱力した心身には動きが出る。自然な身体の流れを自由に表現するのを促す。

大抵練習後半になるとかなり体も気持ちも柔らかくなっているため、今のところほぼ十割方、すんなり自由舞をしてくれる。ただし、体力も様々なので止まりたい人は止まってもいい、とも促す。

お体に不自由のある方々も、思い思いに身体を表現するそのお顔を見ると、観音様かなにかのようなすっきりとした神々しさを受けとることも少なくない。

人間の全てが良いとは思わないが、こうした神聖さも時に眼前につきつけられるものだ。

さて、自主練習に入ります!
posted by ゆりか at 17:39| Comment(0) | 日記