2020年10月27日

プロセス続編

非力のプロセスについて書いたが、脱力の体を手にいれるために経てきたもの(手放したもの・得たもの)が他にもあるような気がして書いてみる。

「手応え」はないほうがいい
「これまで知っているもの」とは切り離したほうがいい
「叩いた・崩した・技がかかったまたは、叩かれた・崩された・かけられた」など結果への思いはないほうがいい
「どう動くべき」という思考の枠組みは手放したほうがいい
「こうしよう」という明確な意図はなくていい

これまで「ないほうがいい」シリーズを挙げたので、ではどうあれば脱力しやすいのか。

のびのびやる
立つこと・動くことの喜びに酔いしれる
組手は楽しむ
特になんの理由もないが気持ちいい、という時間を大事にする
俺は自由だあー!と空に向かって叫んでみる(これは嘘)

そうこうしているうち、脱力は瞬間芸ではなく体質に変化する。箇条書きで見るとアホっぽくてちと笑える。到底武術の要訣とは思えないが、またそれがオモロイ。くそ真面目でなければ向上しないわけではない。プロセスごと楽しんでしまえばよいのじゃ。ふぉっふぉっふぉっ
posted by ゆりか at 13:39| Comment(0) | 日記

非力のプロセス

組手をしているとわかるが、脱力と反応力は比例する。強さや技術力は置いておいて、ただ単に打撃や崩しへの反応、攻撃の変化だけを取り上げると、力が抜けているほどよくなる。

反応がよく変化もできるとしばらくの間は隙ができるので、相手の攻撃ももらいやすくはなる。が、攻撃はもらうほど体に学びとるので、逆にそれが伸びる要素になる。


本当に脱力が身に付くまでは、見た目も結果もひ弱に見えることがあるが、おそらく最短で身に付けるにはこれがいい。

多くの場合はなにがしかの強さを求めて武道をやる。学ぶ過程のギャップに苦しいかもしれないが、非力であることは必要なプロセスだ。

もっともっと力抜かなきゃ。
posted by ゆりか at 09:44| Comment(0) | 日記