2020年12月08日

金田

ケンガンアシュラのアニメに、虚弱体質で小柄な闘技者が出てくる。体に恵まれない分、誰よりも相手を分析する力が高く、何手先までも見通す力を備えている。が、やはり圧倒的体格・能力差には手も足も出ず、相手もそんな彼を不憫に思って手加減する。が、それに気づいた彼は

俺を弱者として見くびるな。俺だってお前らと同じく最強を目指してここに立っている。弱者が最強を目指して何が悪い!手加減なぞせず全力で倒しに来い!

と焚き付ける。相手も彼の心意気に胸を打たれ、謝罪をしたのち全力で彼を倒しにいく。いい〜攻防ののちにやられちゃうけど、でもいい話です。戦う人間の矜持ですなあ。

ちなみに私はまた彼とは別の、常にハイテンションでやたら前向き&一直線でちょっぴりおバカさんの、鎧塚サーパインというミャンマーラウェイの使い手が推し。性格が完全に鬼滅の刃の伊之助とカブってます。なんでこういう人好きなんだろ。私もこのキャラなのかな・・もしかして親近感・・・?いやいや、あたしはもっと思慮深くて気が弱くて慎重で・・・ちーん(--;)
posted by ゆりか at 19:16| Comment(0) | 日記

尻が全身

ある日の病院レッスンにて。職員さんを待ち合い室で待っているとき、ふとベンチに座りながら腕を上げ下げしてみた。脱力が進むと尻に腕を含む全身が落ちて行き、腕も私も尻そのものになったように感じた。

病院や介護施設のレッスンは参加者が椅子に座っているので、座りながら脱力で動くとこうなるのかあ、と面白くなった。立っていると足の裏がする役割を尻がしてるんだな。

その後のレッスンでは、当然のごとく説明の中に何度も尻が、尻がと口から尻が次々飛び出し、尻満載の内容になりました。

尻がわたし。まるい尻とまるいわたし。
posted by ゆりか at 13:35| Comment(0) | 日記

型と組手

型と組手が共通した動きであることを改めて考える。代表の組手は型と同じだ。楽しさに突出した最近の私の組手には、型にない緩急、荒らさ、急ブレーキ感がある。力みを減らすよう心がけて行う空体道の型に現れる動きは、全体性であり、スムーズさであり、突出のない、極めて穏やかな静寂の質。そして内面も同質である。

一人稽古である型、対人稽古である組手、それが近づくということは他人や環境に右往左往しない確かな脱力を身に付けつつある証。※脱力に完全終結はないので生きる限り「身に付けつつある」状態だ。

本日も型を存分に味わいます!
posted by ゆりか at 08:58| Comment(0) | 日記