2021年01月28日

脱力とまっすぐ

昨晩稽古から帰宅したら、歓喜のあまり我が家の愛犬が廊下で粗相し、今朝は愛洗濯機の排水ホースの不具合で脱衣場が水浸し。水難の相が出ているようです。

気を取り直し、レッスンではより力を抜きます。昨晩自主練習では形にこだわらない脱力をやりましたが、その後の対練で前傾を指摘された。やはりまっすぐの意識は要る。力を抜くと背中がゆるみすぎてやや頭が前にいく。代表の武術に出会うまでの三十年間の姿勢癖が出るものだ。

レッスン会場のトイレをお借りする予定だが、まさかの逆流&水浸し等に遭わないよう、切に願う。水難の相よ、立ち去れぃ!
posted by ゆりか at 13:40| Comment(0) | 日記

2021年01月27日

ヘビメタトトロ

大量に提供していただいた珠玉のヘビメタコレクションのなかに、ジブリ音楽のヘビメタ版を見つけた。耳に親しく、優しい言葉と明るいメロディーのジブリ曲。誰より少女の声が似合うこの音楽に、本格的なゴリゴリヘビメタアレンジと不意のデスボイスの乱入に、慣れるまでどうしても笑いを抑えられない。

ものものしい打楽器や電子弦楽器のうなりのなか、地獄の底から響く声で「真ん丸お腹の女の子」や「トットロトットーロ」「おかあさーん」など連呼されると、きっとあの世も含めてこの世のなかは素敵に愉快だと思える。

かっこよさにのみ酔いたいのはヤマヤマだが、ジブリが大好きでたまらない悪魔的風貌のなにかが頭にこびりつき、真顔になれず。慣れるまで勘弁してもらおう。

これ、とっても好きです。
posted by ゆりか at 13:55| Comment(0) | 日記

2021年01月26日

毛筆足

最近レッスンにて円転十式太極拳のなかの技を取り出して練習している。雲手は立ってやると側行歩という蟹歩きだが、座ると足踏みになる。力を抜いて片足を持ち上げ、おろす、交互に繰り返す。力が抜けていると足は自然と太ももが挙がり、踵が床から離れ、爪先が最後に離れ、下ろすときは爪先が先に床におりて踵、太ももとなる。この上げ下ろしの際の膝から下の感じが毛筆の運びのようで気持ちがいい。

角のない雲手の手法と毛筆の足が一致するのが恍惚。ああ〜タマラン。

ちなみに筆字自体は苦手だ。私はできないが、子供の頃見た書道の上手な友達の筆運びを思い出す。

すぅー、とん、すぅー

って感じ。
posted by ゆりか at 13:41| Comment(0) | 日記

対暴力

人間個人の戦闘技術として、素手では打撃、投げ、極め、絞めと武器術がある。格闘技や武道武術を学ぶ際は通常これらのなかからメインとなる技術がある。また対個人と対多人数、そして試合形式と、非試合。非試合の中からもうひとつ想定されるのは、対暴力だ。

何らかの格闘技、武術を習得している相手なら決してしないであろう自滅的攻撃、セオリーのない暴力的攻撃は、読めない分違う怖さがある。代表からもよくこういう話を聞かされている。相手が素人だから簡単に対処できる、というわけにはいかないのだ。

空体道でも定められた道筋に沿って技や重さを習得するが、同時に自由組手を色々な相手とやるのは、そうした臨機応変さを身に付けるためでもある。無意識レベルに体が動くようにしておかないと、先の読めない中で柔軟な状況判断は難しい。空体道は護身術だから実際は戦うことより逃げることを優先するが、戦う技術なくして逃げるのは難しい。

対打撃、対組み技、対武器、対多人数、対暴力、全方位的な戦いを描き分ける格闘漫画「軍鶏」は非常に興味深い。賛否両論のラストについては、私個人の解釈があるのでまた別の機会に書いてみたい。
posted by ゆりか at 11:07| Comment(0) | 日記

2021年01月25日

とっちらかって

最近の組手は変化がワンパターンになっている自覚があった。自主練習中にふと、立ち方にこだわりすぎているのに気がついてあえて崩したりするようにしてみた。組手では漫画「軍鶏」のトーマのイメージで滑るように変化し首に絡み付くような動き方を試したところ、代表からは積極的でいい組手だったと。ああいう気持ちで続けていれば誰とでも高めあえると。

立ち方にこだわるのはいいことだが、重力が通った「形」にこだわると力んで不自由になる。だから変化が一定になっていたのだろう。

武術は極まるほどシンプルになるが、私の段階ではより多くの変化を体に通す必要がある。シンプルな段階に入れば勝手にそうなるのだから、今はとっちらかっていていい。もっと自由に、もっとのびのび動こう!
posted by ゆりか at 10:15| Comment(0) | 日記