2021年02月02日

人間本来の動き

何度か書いたことがあるが、何度でも書きたくなる。私がレッスンを担当する病院関連施設では、様々な病を抱えた(経た)方が参加する。明らかにその症状や後遺症が見える方も少なくない。

太極拳レッスンなので形は太極拳だが、形はあまり細かく教えない。脱力により楽に動くことを中心に伝え続けている。会場となる部屋への移動すら労力の要るなか、毎回参加してくれる方々には、絶妙ーに脱力しきった、いい意味で枯れた動きをする方が少なくない。

何度か直接伝えたこともあるが、あまり言うと意味がわからずかえって不快に思うかなと、いつも称賛要求をおさえ目にしている。

あれぞ人間の本当の動きではと思うのだ。もしあの方々が対人であのまま動けたら、とてつもない威力を発揮するのが見える。勿論対人稽古をやりこんでいない以上、対人であのまま動けないのはわかっている。が、どうしても目を奪われる。

病を得て初めて理解する体の不自由さと、楽な動きへの本能的必然的希求。無理しても動くことのできる我々にはない「自然な動きでないと動けない」という足かせは、人をあんなにも深化、いや開花させるのだ。

ああーー強く褒めちぎりたい!が、うまく伝えられないのがわかるだけに、毎度歯噛みしている。ガジガジ。目の保養にも学びにもなる。あたしもああなりたい!
posted by ゆりか at 19:15| Comment(0) | 日記

害はないはず

仕事合間にスポーツアパレルショップに立ち寄る。ずっと欲しかったタイプのインナーが半額以下に。イソイソ試着。鏡にうつるわたし。

す・・・・すてき(о´∀`о)

武術で変わって行く己の体が好きすぎて、試着室でしばしポージング。

ふぉ〜!

永遠に感じられる幸福に酔いしれたのち、購入しました。

ふぉ〜!

※変態ですが、自己完結型なので大丈夫です。
posted by ゆりか at 18:19| Comment(0) | 日記

絶対圧

最近特に感じるのは、代表に触れられた瞬間に崩れる感覚だ。言葉だけだと精神的な作用に見えるかもしれないが、れっきとした圧のことを言っている。私の体が以前よりはまとまってきているので、腕や首や肩や、触れられた一点にかかっている圧を全身に感じる。その圧が強烈なので、衝突したかのように一触で崩れる。すでに崩れた体に技はいかようにでもかかる。

こちらが打つ、代表が腕で避ける、この避ける手が重くて崩れるのだからどうしようもない。投げを試みても、大木のように崩れないので投げの体勢のままつぶされる。関節をとるも、まとまった体に関節技は通用しない。八方塞がりです。

あれが立つ力、そして統一した体だ。コミュニケーションで言うと、何一つキャッチボールにならない一方的な会話。噛み合えば隙や癖や意図も見えるが、とりつくしまがない。

絶対圧、とでも言おうか、いつか私も体現できるよう日々磨きます。
posted by ゆりか at 17:58| Comment(0) | 日記

感じる重さ

脱力を心がける日々の中で、はじめは腕や足の重さをよく感じた。だが腕や足の重さをメインにすると体が引っ張られまっすぐが消える。以前代表に質問したら、腕や足の方が簡単に重さを感じられるが、大切なのは頭から足の裏までの重さだ、と答えてもらった。

最近ほんのすこしだが、体幹部の重さを感じられる。昨晩自主練習でも自由舞の中に重さがなんとなくあった。頭から足の裏まで通った重さではないにしろ、腕や足よりは進歩。

今車中休憩で座席を倒して横になっていても、シートにしずむ体幹部の重さが心地いい。また、質感が前よりみっちりしている。

ふむ。体がまた変わってるな。
posted by ゆりか at 13:23| Comment(0) | 日記