2021年02月09日

偶然でなくなる

「ソクラテスの弁明」の中にこうあった。人びとは毎日偶然起こる出来事に振り回されて生きている、と。別のくだりには民衆を精神的に「眠っている」と表現していたが、それと同義だと理解している。

武術を学び、今体現できるものの他にも代表から自身の内面や、様々な戦いの具体例について話を聞かせてもらう。その上で、ある一定以上の戦闘技術領域に達した人には、瞬間的な状況把握能力、直感的判断力、情報収集力が備わり、普通の人にとって偶然起こる危険を未然に防ぐことすら可能になるのではと想像する。そうなるまでには尋常でない稽古や修羅場をくぐっているから、経験で磨かれた野性の勘とも言えるだろう。勿論絶対はないので常に危険と隣り合わせだが、そういう領域に深まっている人間は、一般とは違うある深い静かな意識状態に生きているのではないかと想像する。騒々しい精神では、未然の察知は難しい。それが狂気に帰結してダークサイドに落ちる場合もあり、そういうのを格闘漫画や小説や映画でもよく描きますね。

近年流行った漫画「ファブル」なんかはそういう深い静かな意識状態をよく描いていると思います。だからこの漫画が好き。
posted by ゆりか at 18:22| Comment(0) | 日記

獅子の門

KIMG0140.JPG代表の勧めで夢枕獏を読み始め、今は「獅子の門」を読んでいる。漫画「軍鶏」と通ずる面白さがある。夢枕獏は会員さんから借りた「ゆうえんち」という格闘漫画も含めて、武術や路上の戦いを非常にうまく描く。簡潔な文章で攻防がはっきり映像として頭に浮かぶ。戦う人間の精神性や考え方なども、よく取材して書かれているのがわかる。夢枕獏はNHKで話しているのを見たが、人柄も良さそうで好きだ。

ただ、夢枕獏に限らず格闘ものの宿命として必ず女性がひどい目に遭う描写があり、男の獣性の表現のためであり、かつ男性読者サービスと理解しつつも女の私にはちと辛い。もし逆に最強の女戦士の格闘人生を描くとして、こう度々男性を凌辱するシーンは入るだろうか?答えは否。悲しいかな歴史的に女性にはそういう役割がつきまとう。

メンズのスポーツウェアを身にまとい、一般男性並みの体格の中年女性(わたし)を襲いにくる奇特な男はいないと思うが、その時は全力で身を守ります。私になにかあればもっとやばい御大(我が夫様)が出てきてしまうので、相手がかわいそうです。
posted by ゆりか at 17:33| Comment(0) | 日記

重さが重い

長い時間歩いているとより力が抜けて体の重さが強く感じられる。重さが明確になるほどそれに身を委ねてさらに力が抜ける。買い物で広い店内を歩きまわって出るときは入った時より重さが増し、楽しくなる。なにも買わなくてもいい買い物をした気持ちになる。手ぶらで出口の自動ドアを抜けて歩きながら、重い正拳突きを無意識に繰り返していた。

ウィンドブレーカー素材の上着が「ジャッ」と強い音を立てるのがまた心地よく。

買い物中も突きたい要求がこみあがったが我慢していた。無意識にまわりの状況を判断して突いたり我慢したりしているらしい。えらいなあ、あたし。
posted by ゆりか at 17:11| Comment(0) | 日記

方向に関係なく

日々打撃法を多目に練習していて思うのは、上からの掌打、正拳での突き、振り上げの蹴りや踏み折る蹴り、あらゆる方向の打撃を強く発する時、体の中にはその方向に関係なく重さが存在する。以前は、打つ、蹴る方向に重さが向かうと思っていたが、より立つ力と打撃が馴染むとそうでないと気づいた。

力(重さ)を発揮する方向に向かおうとすると、微妙に体勢が崩れ、相手に当たった時、とられた時に致命的に不利になる。まっすぐ立つ力と脱力が進むと、大きく体勢を崩さず手足を動かすことで掌、拳、腕、膝、足に重さが備わる。

あくまでも自主練習のなかでの成果だが、そういう重さが出てきているのが実感できる。
posted by ゆりか at 13:33| Comment(0) | 日記