2021年03月16日

止められてしまう

重さによる崩しや投げの対練の際、相手はある程度動きを止めて受ける。抵抗強度や抵抗の質は様々で、修練度合いや体格に比例する。

組手でも重さを試すべく挑戦しているが、圧倒的に難しい。相手も自由に攻撃し反撃するので動き続けている。動き続けている相手に対練のように重さを加えるのは非常に困難だ。

代表から受ける重さはその点、崩される前に動きを止められてしまうという違いがある。坂の上から下りてくるブレーキのない車を押し止めているとか、不意に投げ渡された数十キロの米袋を受け止めた瞬間というか、居着きたくなくても重さに対して立っているのがやっとという状態になる。重さの量であり、瞬間伝達の速度、全身性による硬質など色々な要因によると思う。

一歩ずつ修練です。
posted by ゆりか at 13:24| Comment(0) | 日記

2021年03月15日

腹の張り

立禅と前進・後退歩を繰り返していると、いつになく下腹部が張ってきた。これが代表のあの腹かあ、と嬉んでいると、張りの圧で胃を圧迫するのか、食後の抹茶シュークリームが胃中で存在感を主張する。ううむ、すごい張りだ。触ると、やや小ぶりだが先日の代表のような張りがある。

出てきた出てきた〜\(^o^)/

練習終えた今はシュークリームも張りも落ち着きました。

オモロ〜
posted by ゆりか at 18:19| Comment(0) | 日記

打撃と投げ

先日の稽古にて、重さの打撃の説明と共に、軽く胸を打ってくれた。代表にとってはごくごく軽い打撃だが、こちらへの衝撃はすさまじく。できれば衝撃は後方へ流して軽減させたいが、代表、無意識に私の足を踏んでおられます。本当に打撃を効かせるには有効な動作だが、私にとってこの上ないピンチ。そのまま真下にひっくり返るという愛情深い贈り物を頂戴しました。

あ、自然に踏んでた(てへっ(о´∀`о))

と代表。打撃と投げは同じ動きと常々聞いているが、度々受けているから体でわかる。打たれた痛み等のダメージ以外にも、根こそぎ持っていかれる衝撃なので結果として投げの受け身をとることも多い。受け身すらとらせないよう足を踏むのもご愛敬ですね。

重い打撃は投げとイコールである。
posted by ゆりか at 09:33| Comment(0) | 日記

2021年03月13日

偏屈を活かす

小学校に入り、何かと号令に合わせて頑張ったり休んだりすることが嫌だった。定められた通り授業を受ける、ピストルの音で全力疾走する、やりたくないこともしなければならない、子どもらしく振る舞わなければならない、知らず知らずに順位をつけられ評価される、そんなのが幼い頃から苦手。先程体育館入口で、子どもの写真を撮るため「はい、撮るよー、笑って笑ってー」と促す若くて一生懸命な母親の声に促され記憶が甦った。「なんで笑わにゃならんのだ」と偏屈なチビの私は思ったろう。

私自身偏屈さは直らないが、傾向を理解することで生きやすくはなった。偏屈な人間はこれぞと確信を得た一つのことを取り憑かれたように繰り返すのは得意だ。脱力により立つ、歩く練習に邁進する。

よおーし( ・∀・)ノ
posted by ゆりか at 17:21| Comment(0) | 日記

2021年03月11日

代表の引力

代表が書いてくれた内容について。
まさに引力ですね。触れた部位からの固い圧がないかわりに、底無し沼に足を踏み入れたように体勢が崩れてしまいます。技術として、動きとして崩してから投げる、というのではなく代表の立ち方がこちらの立ち方を崩してしまう、という感じがします。そこからの投げや打撃は自在ですね。「真に立つ」ということがあらゆる力になる、そう確信しています。
posted by ゆりか at 18:16| Comment(0) | 日記