2021年03月23日

きっとわかる

朝からずっと走り回り、一人でいる時間が長いといつにも増して変なことを書きたくなる。

最近とみに、空体道の導く教えは自然の摂理そのものと感じる。人間の可能性を開く鍵は色々あるかもしれないが、間違いなく脱力はその鍵の一つだ。

脱力がもたらす可能性は、今の私には想像もつかないほど広がっている。だって今の時点の代表が十分「すんげ〜」ことを体現してるのに、まだまだ先があるらしいのだから。

しみったれたちっぽけな自我ではかり知れるほど、小さな世界ではないのだ。中途半端に修行すれば、中途半端な自我で制限した武術に終わる。そうなりたくない。

高校生の頃、人生全てにやさぐれていた時、担任教師から読むよう勧められた漫画「家裁の人」の主人公の裁判官が口にしていた言葉を代表からも聞く。

君もいつかきっとわかる
※代表口調なら「お前」です。

なんかわかんないけど、いつかなんかわかっちゃうかもあたし〜(//∇//)
posted by ゆりか at 18:11| Comment(0) | 日記

さらに脱力

次のレッスン前、大型スポーツアパレルショップ内を歩く。ぶらぶら歩くと、さらに力が抜けてくる。昼のレッスンでまた脱力が進んだと思ったがまだ抜ける。脱力に終わりはないと常々代表から聞いているが、一日の間でも実感できる。

朝から昼、夕方に夜、時間の経過と共に緩んでいく。そんな毎日が脱力の体を形成していくのだろう。

結局脱力だけを味わいつくし、何も買わずに出てしまった。

さあて、真摯に内面と向き合い、何を食べるか熟考しよう。昼夜用に持参した食物はとっくに平らげてしまった。
posted by ゆりか at 17:29| Comment(0) | 日記

健康法功罪

太極拳を指導する仕事では、健康法という側面を求められる。私自身が太極拳や武術で劇的な体質変化を起こしたから、健康法としても意気揚々と指導していた二十代。代表に出合い、代表から、体も心も一人一人違うのだと何度も諭された。一口に健康法と言っても、何が原因で体調が改善するしないというのは、簡単には言えないのだと教えられた。そんななか、自身の指導は偽善なのではと悩んだこともある。

時間をかけて武術を深めながら、今は健康法のレッスンにてこう言うようになった。脱力により、皆さんそれぞれの心身がいいなと感じる状態に向かおう、と。動くにしろ止まるにしろ、脱力がそれを教えてくれる。そんな状態が、何をもたらすかは各人が感じたり、感じなかったりすればいい。

そんなスタンスでレッスンすると、終わる頃には参加者の大半が非常に清々しい表情で立禅に取り組んでくれているのを見る機会が増えた気がする。

武術には果てしないロマンがあるが、偽善や欺瞞は嫌だ。私は私で可能性を追求し、皆さんは皆さんで、と思う。

昔は押し付けがましいことばっかしてたなあ。お恥ずかしい限りス(-∀-)
posted by ゆりか at 11:58| Comment(0) | 日記

やるほど緩む

午前の太極拳レッスンにて、基本練習のあとに円転太極拳を半分通す。二回で終わるつもりだったが気持ちよすぎてもう一回追加した。動くほど、やればやるほど脱力が進む。力んで動くと、動くほどに疲労が出るが、脱力だと動くほど楽になる。

それくらい、まだ日常が力んでいるんだな。筋肉は緩むほど正常に働く。当たり前なのに逆をいってしまう人間の愚かさ。

レッスンで緩んだあとの昼寝がまたたまらぬ。車中で空を見ながら寝ると、家や寝床に縛られない自由さを味わえる。

ふりーだむ〜
posted by ゆりか at 11:34| Comment(0) | 日記