2021年03月30日

気あれこれ

昼寝する予定だったが無駄に元気で寝れないのでまた書く。

ここ一年位で感じる身体感覚には、気と言ってもいいのかもしれないと思えるものがある。代表からは、主観に頼る言葉で現実逃避をしないよう常々言われたが、代表から聞く代表自身の高度に洗練した身体感覚を、先人は気と呼んだのかもと思えることも多い。

今の理解でいうと、気とは体が本来の働きをしているときの生命活動の総称であり、修練によりそれを高めたり感じる力が磨かれた結果得るものではないかな。

他人や場に働きかけるような気は私にはわからない。が、代表が補助してくれた対練で重さが飛躍的に増すのは、あれも気といや気。代表は認めないかもしれないが、ある種の気の力。

ま、言葉は言葉で、本質ではない。どうあれ、体や武術には未知なる可能性がまだまだ備わっている。日々それに気づくのは何より楽しい(((o(*゜∀゜*)o)))
posted by ゆりか at 18:05| Comment(0) | 日記

なるほど

KIMG0141.JPG先ほど書いた工夫をレッスン前、レッスン中、休憩時間にやってみた。わかって参りました。立禅状態と、力んでバラけてくる時のズレ。回転の時や腕を少しでも速く動かそうとした時などに強く感じました。

慎重〜に脱力して健身八式を通したあと、さすがに後半の休憩中自由舞では統一が増してきた。が、統一が感じられると統一が気持ちよくてなんかしたくなる。二秒後に作為に気づいてイカンイカンと一人ごちていました。

おし。また脱力で少し歩いたので、今晩レッスンでもあの立禅状態を味わえる太極拳にしよう!まずはちょっと寝る!

数ヵ月ぶりにポテチ食べちゃったあ〜(//∇//)初のタイプのやつ。んましー
posted by ゆりか at 17:38| Comment(0) | 日記

立禅時

ちとレッスンまえに考察。立禅時、心身はどうなっているか。最近の感覚だと、かなり重さがある。以前感じていた腕の重さではなく、体が足裏から真下へ落ちる重さ。それに委ねている感がでている。それを消さないよう、歩行したり、ほんのすこしだけ変化してみたりしているうちは動いてもそこまで力まないし、安心感は変わらない。

あ、わかった。あの感じのまま空法に入ればいいんだ。一気に自由舞でなく、空法ならより立禅のまま動けて、自由な動きにつながる。空法をやっているときは、立禅の静けさや安心感、まだ少しあるもんな。

おし、しばらくそれでいきます。
posted by ゆりか at 13:39| Comment(0) | 日記

考えている

ゆっくりした自由舞は立禅に近いので、あえてこう動こうと思わなくともなにかしらの動きができる。が、速く動くほど何をしようか考えていることに気がついた。ちなみに組手も、相手が強いほど何かしら考えてしまう。

ゆっくりした自由舞のようには脳内が静かでなく、目的意識を持ってしまっている。それが力みにつながっている可能性が高い。

実はまだその改善した具体像が思い浮かばない。代表との違いはわかるが自分の姿として想像がつかないのだ。想像がつかないうちはまだできないということ。

ただ、ゆっくり時との違いは認識した。今日も取り組んでみます。
posted by ゆりか at 13:34| Comment(0) | 日記