2021年09月27日

悶々練習

昨日はちと考え事があり、悶々としたまま自主練習をしました。無自覚に代表が太極拳を通す間じゅう歩行法をやり続け、気づけばその後の立禅もまあまあ長くなっていた。

終えて代表に、今日は悶々と考え事に囚われて練習してしまいました、と伝えると

自分自身に向き合い、集中してやるのも勿論いいが、案外悶々としているときもいい練習になる。体に囚われていない分、体は体本来のいい状態に向かうことがある、と。

確かに肉体の疲労は全然感じず、重さはかなり落ち、自由舞打撃もいい感じ。

体はありがたい。意識は唯一の本体ではないと実感する。体よ、今後とも宜しくお願い致します。
posted by ゆりか at 07:58| Comment(0) | 日記

2021年09月25日

鞭から金属へ

脱力の初期段階で、打撃がいまいち理解できず困惑した。当時の私の体では「振り回す」イメージしかできなくて、接近戦を主体に学ぶ当会の組手ではより実現が難しく思えたのだ。が、代表からもらう打撃は振り回してないし、至近距離からむちゃくちゃ重いし痛い。

長らく謎だったが、体が変わってきて思うのは、脱力の打撃は振り回すなどの「動き方」にコツがあるのではなく、質感を根本的に変えるのだということ。鞭は、ダランとしているときに触っても痛くなく、ある特定の動きをしたときに威力を発する。が、脱力で緊密になった統一した体から出る重さは、どんな動きをしても、あるいは動かなくても重いし痛い。打撃も避けも、投げも投げられにくさも、全てがそこに集約する。鞭と比較すれば、鉄パイプとかでかい木とか、そういうものかな。その質感の人がなにもしなくとも、当たりにいくと、行った方が痛い。鞭とはそこが違う。

脱力=しなやか、という面ももちろんある。が、しなやかを超えて統一すると、金属やら硬質・高密度な木材やらの質が現れる。それをようやく体で理解し始めている。まだ兆しですけどね。

代表から勉強のために頂戴した、組手では出さない(出すと組手が中断するから)やや強めの突きや掌打や蹴り、あのトラウマは、そういう質の違いから出る重さ。人間の手足から発したとは思えない痛み。自分も質が変わってきたから、前より多少耐えられるかなぁ。気にはなるけど「ちょっと試しに蹴ってください」とは言えないなーー。マジ痛いんだもん(×_×)
posted by ゆりか at 19:27| Comment(0) | 日記

低脂肪化

ふと気がつくと、以前より低脂肪な体になっている。顔面もだ。計測したわけではないが、見た目と質感がそう言っている。全身が非常に動きやすい。脱力のある段階までは、だらり、とか、どろん、とか、流体的・鞭的な感覚があり、部位により動くタイミングに差があった。今は同時感、緊密感が出始めてかなり違う。最近現れているこの感じは初めてなので、次のステージに踏み出したということだな。

低脂肪化の理由は、体の質が変わって、練習に限らず何をしても全身が効率よく動くからだと判断した。

にゃるほろ
posted by ゆりか at 11:50| Comment(0) | 日記

2021年09月24日

また打撃

また代表の打撃をイメージして打っている。以前にはなかった、全身に振動が及ぶような感じや、鞭的ではない、バイーン!とした高密度なものが共通している気がして嬉しくなる。

自主練習終えてレッスン会場まで歩きながらニヤニヤと突きや劈手を繰り返していたら、レッスン先施設の送迎車が通りすぎた。また見られたかな・・さすがにもう謎な行動に慣れたかな。

今日はレッスンとそれ以外の仕事で忙しいので練習はやめようかと思っていたが、気づいたらやっていた。病ですな。

さー仕事仕事!
posted by ゆりか at 13:25| Comment(0) | 日記

2021年09月21日

飲み込む感じは

今朝のブログに書いた飲み込む感じ、太極拳用語では気沈丹田やのことだろうと思う。が、中国武術の要訣はカッコいいので、言葉を知るだけで体得した気持ちになりがち。代表も、ゆめゆめ言葉に囚われないように、と、あまりそうした専門用語は使わない。

あたしには飲み込む、がしっくり来る。車中で靴を脱いだら、愛用の足袋ソックスの親指に大胆な穴があいていた。足袋型ではないが新しいソックスを購入して履き替えました。親指はちゃんと隠れています。

午後レッスンです。
posted by ゆりか at 13:27| Comment(0) | 日記