2021年09月07日

本日の

KIMG0156.JPG本日の森。裸足で立っております。立禅で試したいことがあり、レッスン先会場施設に早めに到着後、森を見つけました。あまり深いと戦闘能力の高い蛇や虫がいそうなので、ごくごく入り口にて。

日曜の裸足で立禅が気持ちよすぎて、昨日も愛犬散歩中に公園で裸足になっていました。連日結構忙しくしていますが、心身の清々しさはこのせいもあるのかな。
posted by ゆりか at 09:41| Comment(0) | 日記

2021年09月06日

立つとは

全身で立つ。それを実感するようになったのはこの数年だ。10数年前、代表がこう言った。「私たちは立てていないのだ。立つとは足だけでするものではなく、手で、頭で、体幹部で、自分の全てで立つこと。」代表かっけ〜!と感銘を受けはしたが、言葉の理解に過ぎなかった。

頭で立ち、手で立ち、胸で立ち、腰で立ち、全身で立つとはこれか、と数年前から感じ始め、徐々にそれが強まっている。

空体道の養身法はほぼ立つ練習で構成される。基本練習にその武道の質を養う核がある。空体道の核は立つこと。

ああ、本日も全身で立っている。より力が抜け、より筋肉に頼らず重さで立つまで練習あるのみです。まだまだ筋肉使用比率が多すぎる。特に背中、臀筋、ハムあたり。ま、あたしの段階では悪くない、順当な使用筋肉ですがね。

我が人生、全身で前進あるのみ!
posted by ゆりか at 15:59| Comment(0) | 日記

2021年09月05日

念願の

1630820582997.jpg1630820593888.jpg念願の裸足で立禅やりましたー。三十分の立禅と、そのまえにラスト少しだった大江健三郎を三十分弱かけて裸足で立ったまま読んだので計一時間弱。

たまらぬ快楽っすわあ〜

命洗われました。日課の自主練習にまた新たな楽しみ方が追加されました。肉体疲労はほんとに出なくなったな。足も笑わない。

幼い頃からよく私を噛みにくるアリにまた一回噛まれました。だが全然赦せます。

大江健三郎最大の長編「燃え上がる緑の木」。途中別の本に浮気しながらようやく終えました。これは何度も読み返します。難解だから、という理由もあるけど、色々な意味の厚み、多重性は読み込むほど味わえると思う。時を生きるほど味わえる厚み。カラマーゾフの兄弟に通ずる「赦し」を主題として感じました。

あー今日も極楽だなあーオイー(*´∀`)
posted by ゆりか at 14:50| Comment(0) | 日記

2021年09月04日

裸足で立つ

先日代表と話していたが、ある高名な合気道家が、アーシングで末期ガンを治したらしい。アーシングとは、裸足で大地に立ち、体内の乱れた電磁波をアースすることだそう。

体調不良は特にないが、野外自主練習でいつも立つので、今度試してみようと話していて今日試した。確かに気持ちいいかも。後半で気づき、残り十分で靴と靴下を脱ぎ捨てたので、次回はまるまる裸足でやりたい。

明日かなー

最近アリに噛まれなくなってきたし、やりやすいわー
posted by ゆりか at 15:17| Comment(0) | 日記

2021年09月03日

見える世界が

武術を学び、少しずつ教えを体現していく中で「見える世界が変わる」という経験をしている。体や心に対する認識が変わると同時に、過度に恐れていたものの実態を味わったり、逆に思いもよらない危険の想定を体で理解する。

今現在存在しない事態を予想して「どうしよう」と思い悩む世界から、その時々を味わい対応し生きる世界へと。

某格闘技に励んでいる女性と話していて思考が広がり、人が強さを磨いていく意義のひとつがこれだなと思い至った。(※ここで言う強さとは、各流儀の技術、目指すべき質、精神を指す)内面変われば世界が変わる。内面変わるためには体や技術が変わらなきゃならないから、要するに武術の総合的成長が、内面を変え、見える世界を変えるのだな。

なんかすごくしっくりきました。
posted by ゆりか at 12:56| Comment(0) | 日記