2022年03月26日

代表の重さによる安定の動画です。

代表の新動画です。代表の重さによる立ち方の安定を示してくれています。脱力が進むほど立ち方が安定し、安定が増すほど重さが備わります。触れただけで動きを止められるほどの重さはこの立ち方から生まれます。空体道では「立つ力」と言っています。重すぎて押すのが疲れました(笑)

以下は代表のブログからの転載です。

重さが頭から足裏まで落ちた身体であれば、そうとうな力で押されても姿勢を崩されることはありません。

その解説動画です。空体道ではそんな身体を、基本の立禅法、重心法、歩行法で養っていきます。

https://www.youtube.com/watch?v=RZoOCKMEkuY

空体道ではそんな身体を、基本の立禅法、重心法、歩行法で養っていきます。

会員さんは参考にして下さい。
posted by ゆりか at 22:44| Comment(0) | 動画と写真

一択だがよし

最近色々なことに「それもよし」と思う。武術について言えば、私のこじらした頭にも完全に理の通った代表の武術を学びつつ、武術は精神哲学でも人生観でもない、やるかやられるかなんだ!みたいなシンプルな原理主義みたいなのもありだと思う。

空体道にはどっちの側面もある。単純でだからこそ現実的な戦闘技術と、深淵で普遍的な身体認識と思想の両方。代表の人格もその両方を感じるから、創始した武術もそうなるのかな。

生きていると色々な場面で「これはダメだ、あれはダメだ」とのべつ口にする人がわりといるのに気がつく。が、個人的には「これもまたあり、それもまたあり」なのだ。

ま、一生やる武術は空体道一択ですけどね。

今晩も自主練習&稽古です。まずはレッスンっす!
posted by ゆりか at 10:32| Comment(0) | 日記

虚構だがしかし

友人と詩や小説についてLINEしていてふと思うことがあった。多忙な友人を長々付き合わせては悪いのでここに書く。

小説を読みたくない時期があった。どうせフィクションだろ、と。確かに随筆や論説の方が手に取りやすい時がある。がしかし、フィクションの定義が今少し変わった。

加島祥造は老子を「無意識について明確に言及した初めての人」と書いているが、身体は無意識の代表で、日々身体と向き合う武術をしていると無意識に対して慣れてくるのかもしれない。無意識、フィクション、虚構がむしろ私の生活にはリアルであり現実。

特に大江健三郎の小説は私には日常以上に現実味があると感じるほど生々しく、虚構と現実が区別しがたくなる。

言葉自体がある意味では虚構であり、随筆や論説も人によっては逆に虚構の壁を感じることもしばしば。

うむ。特に結論はないが脳内が面白い。

近日とある詩集が二冊届く。これについてもまた書きたい。まためんどくさいこと書くと思います笑
posted by ゆりか at 10:17| Comment(0) | 日記