2022年05月10日

歪んで休む理由

体にとって一番楽で効率いいのが重力と調和した立ち方なのだ。だのにあちこち走り回ってふと気がつくと、やや歪んだ立ち方で一休みしているのに気がつく。歪んで走り回っているから反対側に歪んで休んでるのだ。

走り回っても休んでも力が抜けて足の裏に重さが落ちるのが当たり前にならなければ、自由な攻防で重力と調和したままでいるのは不可能。

明日からの課題です。

今晩はこれから自主練習&レッスン。重力調和の立ち方しかしません。
posted by ゆりか at 18:46| Comment(0) | 日記

自覚できない存在を

ちょっと押そうとしただけで、ちょっと堪えようとしただけで、ちょっと負けまいとしただけで、普段立禅で養っている全体に体は崩れる。微妙に前傾したり、腕と全身が分離したり、脚力に頼って上半身が分離したりと様々なアンバランスが起こる。昨日はすごくそれを自覚したので、今朝鏡の前で突きをやったが「これが力まないわけないよなぁーー」と自嘲しました。

力んでいるつもりはないが力んでいる。その自覚できない力みの存在は十分理解した。まずはそこが大事。これがわからないと力を抜き続けられない。自覚できない力みの存在を理解し受け入れ、今よりまだ力が抜けることを望みながら淡々と練習を繰り返す。逆に言えば、自覚できない力みを自覚しようとすればするほど抜けなくなる。何でも意識化し、コントロール出来るものではない。それくらい全身の力を抜いて重力と調和するのは難しいのだ。
本日も力を抜いていきます
posted by ゆりか at 09:01| Comment(0) | 日記