2022年06月07日

武術の目的

競技武術を経て自分の本当にやりたい武術はなにかと考えたとき浮かんだのは「よりよく生きるため」の武術だった。漠然としていたが心身の望ましい状態が叶い、身を守る術を身に付け、様々なハンデを克服する理に沿い、生涯やりがいをもって取り組めるもの。それに相応しい武術が空体道だと自負している。

よりよく生き、生き抜くために私にはこの武術が必要。色々な体験や出会いを経て学び気づき喜ぶことも多いが全ての根本に武術がある。

ま、弱いから依存してるんだろうな。己の弱さを痛感しているからこそ、武術の必要を感じる。自分自身を深めていく具体的手段として悪く言えば依存してるし、よく言えば信念がある、とも言えるか。

うむ。最近色々あって、またより武術の大切さを思い知っている。

ありがたい。
posted by ゆりか at 19:09| Comment(0) | 日記

圧倒的な

あまりに圧倒的なものの前で感じるちっぽけさが逆に自由を与えてくれる、という感覚がある。大自然を前にして清々しく思う理由のひとつだろう。代表にコテンパンにして頂くのも同様で、悔しいとか勝ちたいとかそんな感情はつゆほども浮かばず、いつかわたしも・・・というロマンだけが残る。

最近練習中に脳内にそれを感じることがあり、大抵そういうときは代表から体の質を誉められる。

立禅していて、圧倒的ななにかが脳内に充満して自分が小さくなる。居心地のいいちっぽけさだ。

先程美しい西日を浴びながらレッスン会場へ向かって運転していて、たまたまかかった米津玄師の海の幽霊(五十嵐大輔原作漫画の映画のエンディング。大自然の壮大なる不可思議がテーマ)も重なってなにか神聖な感動で目頭が熱くなった。

体の自然を体感している証なら嬉しい。が、指導では言えない。

はい、みなさん、頭の中に圧倒的な大自然を感じましょう〜

・・やべー(--;)・・

繰り返す練習の中で自然発生した個人的体感ですな。
posted by ゆりか at 18:49| Comment(0) | 日記