2022年09月06日

ミミズ先輩

レッカ(レゲエベースの女性シンガー)の「ねがい」という曲を聞いていて、この人の思想の根本にミミズ先輩的愛があると感動した。

ミミズは食うことも排泄することも土を耕し肥やすことにつながる。交配も雌雄同体で都合よく行い、命尽きると誰の手も汚さずあっさり土に返るそうだ。誰に何を期待するでもなく淡々と。そんな風に老いて尽きたいと敬意をこめてミミズ先輩と呼んでいたが、レッカにもそれを感じる。

とかいって私の場合、若い人をこき使う、性格の悪いめんどくさい婆さんになる気がするのですが。

ねがい、良い曲です。レッスン帰りはこれをリピート再生します。暴風ですが車高が低く地べたを這うじー子ちゃん、風の影響をあまり受けません。また新たな魅力発見でした。
posted by ゆりか at 19:18| Comment(0) | 日記

なにもしない

昔代表に胸を借りていて、あまりに圧倒されるので何をしていいやら混乱したことがある。あのときは「なにかしなければ」と思い込んでいたので、なにもできないことに困惑したんだな。だが今となれば、なにもしなくていい、とも言える。うまい人、強い人に胸を借りるのに、自分がなにかすると息巻いていると相手を感じられない。

ただちょっと手をだす、ちょっと足をだす、それだけでも相手の反応が出てくるので、それに対応し、相手も動き、ああだこうだしているうち導かれてうまくなる。この「自分が自分が」をしている自分に気がつくのには少し時間がかかる。気づくとより力が抜けてくる。自分が自分の邪魔をするのねーほんとに。

お気に入りの座右の銘「俺がやらなきゃ誰かやる」

俺がやらなくともなんとかなるもんさー

なんてね
posted by ゆりか at 18:36| Comment(0) | 日記

距離感

腕まわしや組手や継続的接触を伴う対練では、相手との距離感を感じる。触れたところ、見た目の動き、変化の仕方、こちらの動きに対する反応の仕方で、距離をとりたがっているとか、入ろうとしているとか、入ろうとしたけどやめたとか、今は自分のことで精一杯なんだなとか、代表の場合なら待ってくれているとか、入らせてくれているとか様々な距離感。

人により状況により変化する距離感を感じることは、どんな技を使えたか、どんな有効な攻撃ができたかよりも大切かもしれない。待ってくれている相手に有効な攻撃ができたとて、待たれなければ先に致命傷を負うのだ。護身術として考えるなら、繊細な距離感、感触、言葉を介さない相手からの情報を受けとる、これが大事なんだな。

以前よりは感じられる。自分の動きに気持ちを向けなくていいときほど感じられる。それを運転に活かして道路状況を眺めていると、物言わぬ車の動きにドライバーそれぞれの感情を感じて面白い。

人は言葉以外にも色々な表現をしている。人間て面白い。
posted by ゆりか at 18:28| Comment(0) | 日記

力を抜きます

本日も力を抜きます。心も体も生きることにも。力を抜くのは怠けるのとも違う。無駄なブレーキを踏まずにその都度都度に必要な分だけ励む。運転同様、あらゆることはすーっと滑るように進みます。

はふ〜。

仕事でふよ〜。
posted by ゆりか at 08:37| Comment(0) | 日記