2018年10月25日

制御をやめると

力を抜き、手足を制御して動かすのをやめていく。長年の人生経験から、人は無意識に

腕はこう動かすもの
足はこう動かすもの

という制限をかけている。打つ、蹴るという目的が加わるとなおさら制限は強くなる。それを丁寧にやめてゆき、わたしの場合はある一時期自分の体が全く思うように動かせない時期を過ごした。その時期はやや苦痛を伴ったが「思うように」の思い自体が制限だったのだからそれを手放す過程として必要だったとわかる。

そんなこんなで練習を重ねる内、次第に体が自分の思いではなく重力とか、動きの流れ、重さの流れに沿って勝手に動いてくれるようになってきた。

そこはかなり素敵で快い過程で、そこを経るうち最近は手足なり、頭部なり、全身が自主判断で動くような、どこか一部が動けばみんなが付き従うという感じが少しずつだが出ている。

対人練習でも、以前ほど思考が介入しなくなり、体に任せて委ねていられるようになりつつある。

体の自動化に伴い、重さは増すらしい。

未熟とはいえ日々歩む過程で起こる変化はおもしろく、書き連ねてみた。

鬼才デヴィット・リンチ監督のツインピークスリターンズでは、作中である人間の右足が突然

私はお前の右足ではない

と訴えてくる場面があるが、わたしの場合は逆に最近ようやくわたしの肉体が

私はお前の肉体である

と存在してくれているように感じる。

私が頑張らなくても、体が何とかしてくれる。体の言うまま、流れに沿って歩み続けよう。

元気なときは元気なりに、調子の悪いときは悪いなりに。
posted by ゆりか at 11:13| Comment(0) | 日記
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