2020年12月15日

脱力の心身で

代表に出会うまで曖昧模糊としていた理想とする強さを、まさに体現する姿を目の当たりにした。(体現する戦闘技術・質的向上の理・型も動きもカッコいいという3要件)今となれば強さにも様々な種類や定義があることもわかるが、当時は強さ=代表だった。しつこくまとわりついては教えを乞うていた当時からよく戒められた。

もしも戦わなければならない状況になったとして、それが素人にしろ玄人にしろ自分より弱いにしろ強いにしろ、絶対に身を守れる保証はない。どんなに修練していても、戦いの場で偶然起きる状況に左右されることもある。俺は自分の武術のままでいられたなら、結果はどうでもいい。負けそうだから、緊急事態だからと日頃の稽古と違う動きをすることなく自分自身でいることを何より大切に思う。

と。かっけ〜(о´∀`о)と、よく意味もわからず鵜呑みにしていましたが、ほんのりわかる気がしています。ただし、今の私だといざというときまだ本当に脱力でいられるか自信がないことがよく理解できます。稽古を重ねているので、技術や動き自体もそれなりには向上している。完全なる脱力の質ではなくそこに頼ってしまう可能性を、今は感じます。

本当に脱力の心身でいることは自分自身でいること。まだまだ結果に固執し、着飾り、取り繕う自覚があります。

脱力は本当に限りない気付きを与えてくれます。
posted by ゆりか at 19:30| Comment(0) | 日記
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