先日の稽古でも代表が意識の話をしてくれました。代表ほど組手をやり込んで戦闘技術や感覚のある人が語る型における意識って、ものすごく貴重なものなのです。型のための意識、定式の対練における意識なら本を読めばなんぼでも情報を獲得できるし応用できる。でもそれが本当に使える(この言葉はあまり好きじゃないけど)ものであるかどうかは、発する人の戦闘能力による。
途切れない連続的な知識、外にはみ出さない、相手や結果にとらわれない内包する意識とは、代表はよく説明してくれるけどほとんどの場合それができていない。生活の中でもそうだ。
私は散々それを反省してきたからよく分かる気がするのだな。今晩のレッスンでは、そういう意識状態も根本から変わって、だからこそ肉体もこんなに変わっているのだと改めて感じたのです。
思い出すだに恥ずかしい。よくもまああんな自我意識だだ漏れで自己を社会に開放しながら生きてきたものです。武術に限らずね。
でもああいう膨大なエネルギーの発散場所とコントロールを武術に見いだしたから伸びたんだ。まっとうにバランスよく生きてきたらここまで集中して武術にエネルギーを注げなかったかもしれない。
と、自己弁護⋯
2025年07月08日
意識
posted by ゆりか at 21:04| Comment(0)
| 日記
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