2020年05月21日

キムチ2度落とす

キムチを台所で2度も落としたことがあるでしょうか。先日、自主練習直後にキムチを冷蔵庫から取り出すと、予想以上の腕の疲労で手がもつれてパックごと床に落下させる。

軽くこぼれたのを拭き取ってシンク横に置こうとするも、また掴みきれずにシンク内部にぶちまける。今回は蓋も開け放たれ天地逆転状態。

結局、残り少ないおいしいキムチにはありつけずに終わりました。最後のほうの酸味出たくらいのが好きなのに((T_T))

立禅終えた今現在も、トイレ動作で悶絶した上、携帯持つ手が重い。タブレットはもはや持ち上げを拒否している。

またやりすぎちった。てへ
posted by ゆりか at 23:20| Comment(0) | 日記

できることをしない

できることをしない

という言葉は先日たまたま目にした養老孟司さんの言葉。「できることをやる」思想は、科学技術の武器転用や、子をダメにする過保護な親を生む。養老孟司さんの言葉にはやはり、野口三千三さんの脱力思想を感じる。

代表がたまに言うのは、こと脱力の武道、空体道で言えば、高い身体能力や身につけた戦闘技術が動きの質向上の邪魔をすることがあると。能力や技術で「できて」しまうからだ。 今できることをやりこんでも、能力や技術には限界が来る。体格や性別や年齢の限界だ。小成は大成を妨げる、と何度も話してくれた。

だからこそできることを封印して質を磨く。代表は元々身体能力が高く戦闘技術もハイレベルだったので、ゼロから身につけている私とは違う苦悩があったと推察できる。できることをしないのは、はじめからできないより時に苦しいもの。

多少強引でもかかる技を、あえてかけずに脱力する。
筋力で補ってできる動きを、あえてしないで脱力する。
技術でカバーできる状況で、あえて技術を使わず脱力する。

これらを我慢強く繰り返すと、相手の隙とか、無意識のタイミングとか、何より全身の重さによる動きが少しずつ見えてくる。

そうして培われた衰えにくい代表の動きの質を、家庭内練習でも日々体感する。今は私にも、多少出来ることが増えているが、だからこそ「しない」ことに慎重に取り組んでいく。

武道は本当におもしろいです。
posted by ゆりか at 22:22| Comment(0) | 日記

2020年05月20日

安定

大して練習してないのに、なんか筋肉痛がひどいなあと、この数日不思議でいました。よくよく考えると、無意識に長時間やっていると気づきました。

立禅なり自由舞なり、やるのが習慣になっていて、気がついたら自粛以前はしなかったほどしているものです。

習慣とは恐ろしい。同時に習慣とは素晴らしい人間の能力ですね。

練習と自己観察が習慣になり、より平安を得ています。大学時代から考えていた問題に、私なりにひとつの答えを見つけました。教育には家庭教育・学校教育・社会教育とありますが、そのいずれにも欠かすべからざるよりよい教育とは、構成する大人の精神が安定していること。全員でなくとも安定した人間がいること。※私はまだ私の思う安定した人間には至りませんが目指してはいます。

精神の安定は無感覚や無感動ではなく、ある平安な意識状態を体得していて、いつでもそこに戻れる強い方向性があることと考えられます。

私に都合のいい解釈をしているだけかもしれませんけどね。

さて、ワンコの時間です!
posted by ゆりか at 14:36| Comment(0) | 日記

2020年05月19日

ごみ収集

以前にも書いたことがあるが、ごみ収集人の動きは健康な体内の代謝や排泄運動を思い起こさせる。季節外れの薄着が労働の過酷さと肉体の健全を表現していて、そんな3人が一組で絶妙な運転技術とよく通る声かけを駆使し、一片の停滞なく自然なタイミングとリズムによる飛び降り、収集と投げ込み、飛び乗るという一連の動作には目と心を奪われる。生きるって、こういうことだよなと思う。

何かの小説に、汲み取り便所の汲み取り作業員について、同様に感銘を受けたのを書いていた人がいた気がする。文学作家のなかには、肉体労働者に対する憧れや賛美や嫉妬を描く人が少なからずいるが、そういう類いの作家だったと思う。

自分の中にも健全な心身を感じて清々しくなることもあれば、そうでないこともある。排泄されるべき不要なものを絶えず抱えているのが人の常。抱えていつつもなんとかなるのも人の常。

生きてるのは楽しいなあ、と本日もこんな顔になる( ̄ー ̄)

レッスンです。
posted by ゆりか at 13:41| Comment(0) | 日記

2020年05月16日

燃え尽きるまで空法

本日の自主練習は立禅に加えて「燃え尽きるまで空法」。時間を決めずにとにかく心身が尽きるまで空法を繰り返す。体が違う動きをしたくなるまでひとつの動きを繰り返し、違う動きを欲したら次へ進むスタイル。

この「尽きるまでスタイル」には空法の循環動作が適している。日によるが今日は一時間十数分過ぎた頃にふくらはぎが終了の予感を訴えてきた。

回数を決めていないが何となく長くやっているのは前後歩と斜拳と外転手と遠心求心だ。体が好きみたい。

本日はもう体力終了の予感です。

おやすみなさいませm(_ _)m
posted by ゆりか at 23:02| Comment(0) | 日記