2016年10月28日

道シリーズその4

道シリーズの4弾。

「肉体と意識のバランス」

しばらくは肉体へ意識を向ける必要がある。力を抜こうとか、重力を感じようとか、こう動こうとか、こうしないようにしようとか。

それを経て少しずつ力みが減って全身が動きはじめたら、今度は意識を忘れることも必要。意識で肉体をコントロールできるのは、ある一部分でしかない。意識が肥大化して、からだの全てをコントロールできると思い込むのはある意味では不遜ともいえる。代表が体は小宇宙と書いている通り、体は果てしなく、とらえどころなく、知識や意識で全てをどうこうできるものではない。だからこそ取りくみがいがあって、面白いんですけどね。

意識を忘れるには、動きに身を任せてみること。空体道の空法は、特にそれに直結する。動きが教えてくれるもの、肉体が発信してくれるものに耳を傾ける時間は、なにものにも替えがたい至福。そしてそこで得た体の感覚がどう対人に活かされるのかを、検証する。

また不足を感じたら、少し意識で肉体へ働きかけてみる。しばらくしたら、忘れる。また検証する。その繰り返し。

意識だけでも肉体だけでもない、まるごとの自分で右往左往しながらいられたら、自ずと前へ進んでゆく。

「進歩や成長」の対義語は、「間違い」ではなく、「停滞」だ。間違ってもいいし、遠回りしてもいい、でも止まってしまわないこと。

やだもー、またやっちゃった、てへ(#^.^#)とか言いながら、また前に進むことが大切。
posted by ゆりか at 13:05| Comment(0) | 道シリーズ

2016年10月26日

道シリーズ3

道シリーズの第3弾です。

「小さな成長に気づく」

武術を高め続けるのになにより必要なことは、とにもかくにも続けること。一時的な情熱で短期間集中して身に付けられるものではない。その中で大切なのは、「小さな成長に気づく感性を育てる」こと。

練習体系に沿ってやり続けていたら、日々成長しないはずはない。「全然成長しない」とか「どんなにやっても変わらない」と思うのは、小さな成長に気づけていないだけ。

腕振り一つとっても、関節の感じとか、重さ、手足の長さ、振り幅、振り方、指先の感じ、根本の感じ、体幹部とのつながり、体の内面の動き、温まり、重力の感じかた、頭のぶれ、足裏の動き、。。他多数、いろんな感覚があって、それはやるごとに違うもの。そういう個人的な感覚が変わって、また教室で対人練習したとき、それがどう関連してくるのか気づくこと。あ、散手が柔らかくなってる、とか、柔らかくにもいろんな意味があるからその様々を味わう、あ、組手で少しビクッとするの減ったとか、足が動いてるとか、前は単発だったのが少し続けて動けたとか、手足の併用、両手の併用が増したとか、そういう細かい気付きを重ねていく。

そういうことに鈍感でただ練習を繰り返しているとあるとき

あれ、こんなにやってんのに、全然ダメだ。。。とガックリ落ち込んでしまう。そこで終わるともう先はないので、こうしたコツコツした気付きによる成長の根拠を持っておくと、心の貯金になりますね。

そして自分の小さな変化を感じ取れると、仲間の成長もわかるから勉強になるし、先生の動きに、前は見えなかったことが見えるようになる。

そういう感性を育てるのも、自主練習の一つですね。
posted by ゆりか at 09:11| Comment(0) | 道シリーズ

2016年10月25日

道シリーズその2

道シリーズその2。

「自主練習について」

どんな境遇の人であれ、自主練習は必ず必要になります。自主練習でやるべきは、主に各拳種の基本と型。太極拳、形意拳、八卦掌なら基本功と套路、空体道なら脱力法と空法、総合空法。

自主練習の注意点は、指導で教わったことをシンプルに実現するよう努めること。

熱意をもって自主練習に励むほど、道を外れていくことがたまにあり、その原因の多くは自分の癖が出ること。無意識の体の癖は誰しも修整してもらわなくてはわからないとこもあるが、思い込みを重ねた結果、自ら力強く脱線するのが危険。

自主練習で様々な感覚や気付きが起きたとしても、それが先生の教えと合っているのか、ブログを見たり言葉を思い出したりして常に自己確認する。

練精会の場合は理論がシンプルなので、わからなくなったらとにかく力を抜けばいい。力を抜くことと別の方向で達成感を得ていたら、それは別物になってしまう。

私も何度も何度も修整してもらっています。練精会が好きすぎて、熱意があらぬ方向へ感覚を引っ張ることがあるので、かなりの危険人物です。だいぶ逸れなくなってはきましたが、油断は禁物。

エンター・ザ・ドラゴンならぬ、エンター・ザ・。。。んー。。。。

空体道、だから、空体道女子、空体女子、空女、

プロレス好きが「プ女子」だから、「く女子」か。やたらと流行り言葉を使いたがるのは中年の証と聞いたこともありますが(--;)

エンター・ザ・く女子!!く女子への道!!パンパカパーン!
posted by ゆりか at 12:52| Comment(2) | 道シリーズ

道シリーズその1

道シリーズその1

「弱さを認める」

女性(あるいは小柄な男性や歳を重ねて修行に励んでいる方)が武術を身につけ高め続けるにあたって、思うこと、教わったことを今後ちらほらと書いていきたい。

まず一つに、肉体的に自分は弱いということを認めること。これは代表に何度も言われました。自分の弱さを完全に受け入れることなしに、果てしない高みへ上ることは出来ないと。代表ご自身もそういう思いを経て、研鑽を続けたこられたのだと話してくれました。強さ弱さと言うのは相対的なものなので、どんな人にも存在する可能性がある。それは見た目では推し量れない個人的なもの。

そしてわかりやすい自分の強みだけに頼っていては、ある程度までは高めることが出来ても、必ず限界が来る。私の場合「女性にしては身体が大きい、女性だけど空手や競技太極拳の経験がある」そういう強みはあったものの、そこにすがろうとしてもすがれない現実をたくさん経験してきました。

でもそういうものを経て、弱さを克服する方法(武術の理、うちでいえば力を抜くことからはじまる)を繰り返し実際に経験が変わっていくことで、長年かけて今度は自分のもともと持っていた強みも、卑屈になることなく、そこに依存するわけでもなく、堂々とそれを認めて活かすことができるようになった気がします。

弱さを強さに180度転換するのはあまりに極端で難しいけど、弱さを受け入れることで別の強さが見えてくることもある。

女性の細い腕やしなやかさは、内家拳の「変化」には最適。真正面から力と衝突するには不向きでも、隙をかいくぐって接近し、触れる、あとは勁力があれば触れた状態からでも重さを伝えられるし、的確に急所を狙うこともできる。そうやって身を守ることができるのだと、体験を通じて何度も教わりました。でもそれを目指してやはりコツコツ修行を積まなくては、そういう活かし方はできない。何を認め(いい意味で「諦める」とも言う)、何を目指し、どう取り組むか、人の心はそんなに強いものではないから、そういう確認作業が度々必要になる。その方向性がずれてくると、取り組み方がゆがんでくるから要注意。私も何度も先生に軌道修正されます(^_^;)

楽坊(夢の女性武術家集団育成プロジェクト)への道シリーズ第一弾、まずはこんなとこでしょうか。エンター・ザ・ドラゴンみたいでかっこいいな・・・「楽坊」じゃなくなんかかっちょいい名前つけられないかな・・・あたし猿年だから、「エンター・ザ・モンキー」。ジャッキー・チェンのパクリみたいだな・・・(-_-;) 


posted by ゆりか at 09:07| Comment(0) | 道シリーズ

2016年10月24日

1477292259132.jpg以前から少しずつ思い描いておりましたが、また今後の夢として強く願うのは、女子十二楽坊みたいな女性武術家集団を作ること。

性別にこだわるわけではないけれど、自分自身の経験として、女性が武術をやる機会自体が少なく、またそれを追求して高めていき続けられる手段はそう多くはない。スポーツのカテゴリーでならたくさん機会はあるけれど、練精会のような武術を身につけるのはまたそれとは違う。

型もよし、しっかり勁力あり、用法も組手も練精会内家拳の理、空体道の理にそってバッチリやれる。理を追求して体現する。そしてそれを自身の強さとして持ち、しなやかによりよく生きる糧とする。そんな女性たちを育てたい。勿論まだまだ未熟なので私自身が伸び続けながらなのですが。

人生かけてドップリやる価値ある武術です。すでにそういう芽のある方々はいるし、これから始める方も大歓迎。

勿論女性に限らず大歓迎。

ただなんとなく、女子十二楽坊のイメージが強く沸いてきたもので。。。Ψ( ̄∇ ̄)Ψあー、いいなぁ。。。きっとこれ実現するな。。確信。

思わず人造人間18号の写真を添付しましたが、最初の悪い頃の18号はいけません。心も大切。

どんとこーい♪ヽ(´▽`)/
posted by ゆりか at 16:04| Comment(0) | 道シリーズ