2022年09月19日

10月練習予定

10月の予定が出ました(^o^)土日がほぼ埋まっていますので金曜を2回交えます。

中島体育センター毎週木曜4回と8日(土)、14日(金)、21日(金)、30日(日)の4回で計8回の練習になります。お間違えのないようお願いいたします。

朝晩が寒くなってきました。気を付けていきましょうー♪ヾ(●´∀`●)ノ
posted by ゆりか at 23:18| Comment(0) | 日記

姪のドストエフスキー

姪っこがドストエフスキーの「罪と罰」を読みたいと言ってきたので私のをあげようと思い、その前に再読している。昨晩は犯行の場面まで進んだ。終始逃れられない絶望の分厚く重い空気が続く。時代も社会背景も全く違うのに、この絶望の実感が共感を生むんだろうな。

今の生活にここまでの絶望はないが、それは私の受け取りかたが変わっただけで、生きることそのものにはこの重く逃れられない絶望が常に存在している。感じ方の差こそあれ、多分誰にもある。そことのつきあい方が空体道による体質変化で大きく変わったのだ。絶望は常にすぐそばに認識しながらも、それはそれとして何の根拠もなく平和で愉快。それが今の体からくる正直な感情。

大江健三郎しかり、ドストエフスキーしかり、人類に課せられた宿命的絶望の描写が極めて誠実。その誠実ゆえに苦しみ間違う、ある意味で純粋すぎる人間性に、膝が抜けるほど衝撃を受けることもある。誠実で純粋すぎるゆえに絶望をまるごと味わう、そういう人間が実際私のまわりに少なからずいて、そういう方々を美しいと感じている。ずるくうまく世渡りする選択もあるのにね。

姪っこは初ドストエフスキーをどう感じるのかなー

posted by ゆりか at 09:10| Comment(0) | 日記

2022年09月18日

みんな変われる

昨晩の稽古も充実のひとときでした。みんなそれぞれに課題があり、変化して成長していくところあり、意識的に練習を続けていればどんな年齢でも体の質の変化は触れて感じるのはもちろん、組手の変化や技の効きももちろん、見た目にも現れるほど出てきますね。昔、カルチャー教室でキッズクラスを担当していた頃、高齢者むけの講座を指導している方から

子供は教えがいがあるでしょう、変わっていくから

と言われたことがある。その頃は今ほど人間の体質を根本から変える指導はできなかったので、その方の仰る意図は理解できた。でも今はあらゆる年代が変わりゆく様子を常に見ているので先の発言には共感できないな。誰でも変われる。変わる意思と根気と方法があれば。脱力はひとえに日々自分と向き合う根気。脱力のもたらすものは果てしなく大きい。
昨晩も自分自身と皆さんと触れあい、そう実感していました。みんな素敵です。代表も素敵。私も素敵。私のじー子ちゃん(愛車)も素敵。でへ
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2022年09月17日

過去イチ

昨日午後の太極拳レッスンにて、見本の円転太極拳を通したが、過去イチ力が抜けていた。前日の稽古と午前の太極拳レッスンと立て続けだったせいもあるかもな。

長年太極拳を学んでいる皆さんにも私の脱力具合は見えたらしく、重い重いと感想を伝えてくれた。

脱力するため何年も何年も日々試行錯誤してきて今がある。体をよりよく動かす教えは世の中にごまんとあるが、一口に脱力と言ってもその意味するところは千差万別。うちの武術ほど脱力ですべてを実現させる理論はそう多くはない。※優劣ではなく違いがあるという意味ね

脱力による全身性、重さ、まっすぐ立つことや安定、脱力以外の方法に逸れずに脱力に励む。昨晩も代表の教えを拡大解釈した自主練習をし、注意されました。

脱力脱力と思っていても、ほんのすこしの理解のずれで力む方向へ曲がってしまう。逐次修正しながら毎日新たな気持ちで脱力にむきあう。

今晩も自主練習&稽古で脱力に邁進です。
posted by ゆりか at 17:39| Comment(0) | 日記

2022年09月15日

大江健三郎再び

自主練習合間の小休止。

最近大江健三郎を読み返している。何度読んでも好きだ。人生で一人の小説家しか読んではいけないとしたら大江健三郎を選ぶ。思想系ならヴァーノン・ハワード一択。大江健三郎の好きなのは生きることの本質的なグロテスクと不条理を丹念に磨きあげられた言葉で表現するとこ。今はそう感じる。また年を重ねたら違った感想をもつかもな。

武術も徹底的に足りないとこにむきあい、徹底的に自身とむきあう毎日の活動。夢も希望も絶望も不条理もすべてを含んで毎日取り組む。

なんかいい。

杖をやりこんだので養身法に移ります。
posted by ゆりか at 18:24| Comment(0) | 日記