2018年12月24日

腰を引くと

組手や対練において、腰を引いた立ち方をすると足がうまく動かない。

護身術では、相手の側面や背面にまわり、相手の攻撃力が下がる位置どりに立つのが望ましい。相手の側面や背面にまわるには、相手の攻撃を避けながらまたは前進する意図に合わせて入れ替わるように位置どりを変えることがあるが、そのためには攻撃を避ける手、回転を伴い体をかわす体幹部、移動する足が全て共に動く必要がある。全身が協調して動くには、まっすぐ立つのが望ましい。

また、腰を引いた立ち方をすると顔が前に残り、顔面を打たれたり、首を押さえられて膝蹴りや危険な投げを受けやすくなる。

まっすぐ立つと、腰は体の中心になる。中心が定まった体は、協調する。

うまく足が滑るとき(当会の歩法の基本は滑歩)、カヌーかなにか一人用の船に下半身が収まり、上半身は安定し据わるように感じ力が抜ける。

据わりのいい柔らかな上半身と、自由な下半身。軸を持ちながら変幻自在な体。

ゆめゆめ腰は引かないように。
posted by ゆりか at 09:55| Comment(0) | 日記

2018年12月23日

内面の気付き

20181223_075205.jpg20181223_200259.jpg互いの攻防の自由度が高い組手などを練習していると、自分の内面と向き合う機会が多い。

当会の組手練習は、力を抜く全身の変化と重さとリズム(相手との流れ・自分自身の動きの流れ)を習得するため、ゆっくり柔らかく行う。互いの力量がある程度以上高まり、また拮抗している場合には素速い攻防練習も含め速度は自由だが、何年もかけてゆっくり柔らかく行う。

護身術なのでルールは設けない。コントロールできるなら何をしてもいい。

恐怖心や不安感、勝ちたい、負けたくない、逃げたい、優位に立ちたい、コンニャロー

等々、様々な感情が生まれては消えてきた。内面の対抗心や恐怖心は、自覚するほど手放せるらしい。何年も学んできて、数えきれないほど技術や質や思想について気付きがあったが、同じくらい感情への気付きがあった。

感情への気付きは、無意識の動きの癖への気付きとリンクした。

本日稽古のあと近所の温泉で自身に感謝をした。今年も色んなことがあり、すべてをよくやってくれた。夫と自分自身に、また関わってくれた全ての皆さんに、たくさんありがとう。

また明日、また来年、今後もずっとよろちくねと、一人冬の露天風呂で呟きました。

またこんなかわいらしいプレゼントまで。ありがとうございました( 〃▽〃)
posted by ゆりか at 21:11| Comment(2) | 日記

2018年12月22日

1月の練習予定

来年1月の練習予定です。一日分だけ変更があります。

日曜西区体育館練習が1月13日は一階の多目的室にて行います。

二階多目的室を借りることが多いのでお間違えなく願います。二階への階段をとおりすぎ、掲示板前を通過して左側通路(通路入ると右側)に多目的室があります。上靴と部屋代約300円を用意してください。

その他の練習は通常通り。月曜東区練習は第一週目は北区体育館ボクシング室でかわりありません。
posted by ゆりか at 13:45| Comment(0) | 日記

2018年12月20日

反応しない

今晩の稽古では、代表のご指導のもとで打撃に反応しない練習を行いました。ボディや足に拳や足で様々な打撃を加える。日頃ならその動きの流れと圧力に従い流して接近して反撃する練習をしますが、あえて黙って受けてみる。案外ダメージが少ないことを知りました。

心は過剰反応どころかほぼ無反応、桜でも眺めているように穏やかなままでいると、打撃をもらう体はウォーターベッドの如く弾力があり、流そうとしなくても衝撃が分散するようだ。

威力は相手にリクエストして耐えれる範囲でやってみる。はじめは怖いが確かに慣れてくる。だからって皆さん私を殴りに来ないでね(/´△`\)

昔代表から「痛みに囚われるな。あぁ、痛いなぁで済ませるようになる」と言われたのを思い出す。確かにそうだ。

人の心身は面白い。
posted by ゆりか at 22:09| Comment(0) | 日記

体に通す

ある武術の型を説明するとして

両腕を下から上に挙げ、指先は前方遠くへ伸びるよう、目線は遠く先の全体を眺めるよう、肩まで挙がった腕を、同じ速度で降ろしていく際に、肘と手首をそれぞれ緩めて、掌は下を向く

これは形の問題として、その際の意識。足の裏、地面奥深く下に引かれる引力に従い立ち、引力に引かれる力を感じながら全身の重みを失わずに腕全体を挙げる。糸繰り人形の如く、筋力で挙げるのでなく自然に挙がるよう、また引力に従い自然に下がるよう降ろす。

これを技として解釈すると、相手の正面または背面から肩や髪の毛を掴んで下へ引き崩す崩し技、顔面を上から下へ叩き落とす打撃、掌での打撃と肘での打撃、指先、爪を用いた引っ掻きとして、背面から抱きつき、相手の自由を奪い引き倒す、等々挙げられる。

これだけ言葉を用いてひとつの技の形、意識、技の応用を知ったところで、それを身に付けたとは言えない。言葉は頭で知るものであり、動き、技、そこに含まれる質は体でしか知ることができないからだ。体感し、体得するには体験を繰り返すしかない。

当会の組手練習では、先の太極拳の起勢の崩し、空体道で言えば上下手の崩しは基本技として度々使用される。

ただ、これを起勢とか上下手だと知ることが重要なのではなく、するもされるも体に通すことが重要。

先入観ない曇りない体で体験を繰り返すことが、習得の近道。

言葉に囚われず、頭と体が分離しないよう、情報社会の今だからこそ、体で学ぶことを大切にしたいですね。

映画「バロン」にでてくる、頭と体が別々に存在する月の神様から着想を得たブログでした。
posted by ゆりか at 13:47| Comment(0) | 日記